仕事で石見地方に行った。
羽田から出雲まで飛行機に乗る。
飛行機は、怖い。
出雲市からは、山陰本線の普通列車に乗り目的地に向かった。
ディーゼル列車は落ち着ける。
車窓から見える日本海は、とても綺麗だった。
美しい景色を眺めていると、気持ちがますます穏やかになっていく。
一時間くらい経つと、列車が馬路駅に着いた。
車内からは「琴ヶ浜」みえた。
歩くと砂が「キュッキュッ」と鳴るので有名な海岸だ。
「そんなわけないじゃん」
以前、そう思って確かめてみたことがある。
はっきりと音がしてとても驚いたことを思い出した。
そういえば、「琴ヶ浜」にまつわる物語も読んだ覚えがある。
それは、源平の戦の時代の話だった。
十八歳の「琴姫」が、目の見えない父親と二人で穏やかに都暮らしていた。
父親は琴の名人であり、琴姫は秘曲を教えてもらっていた。
ところが、ある日突然、源平の戦の影響で都を離れざるをえなくなった。
しかも、逃げる際、辺りが騒然としており二人はお互いを見失ってしまった。
「琴姫」は混乱の中、琴と共に船に乗る。
舟は、数日間海を漂った。
そして、激しい風雨に遭い転覆した。
海に投げ出された「琴姫」は、琴をしっかりと抱いたまま命を落とした。
しばらくすると、「琴姫」の亡骸が石見地方の浜に流され着いた。
発見した村人たちは、浜がみえる丘に丁寧に埋葬してあげた。
翌日。
誰もいない浜から琴の音色がしてきた。
不思議に思い皆で浜にいく。
「砂が鳴る、砂が鳴る」
一人が浜を踏みしめながらつぶやいた。
皆で歩くと、確かに鳴った。
しかも、琴の音色がするではないか。
「きっと、琴を抱いていたあの子が弾いているのだ」
皆がそう感じた。
それからまもなく、杖をついた老人が浜にやってきた。
浜が鳴る話をききつけて、やってきたのだ。
老人は琴姫の父親である。
歩いてみた。
「琴姫の弾く音だ」
父親は叫んだ。
音色はあの秘曲だった。
二人で琴を弾きながら平和に暮らしていた日々が思い出される。
父親は琴姫に会いたくなったのであろう。
「琴姫よ、琴姫よ」
静かに水際に行き、一歩一歩海中に進すんだ。
そして、ついには姿が見えなくなった。
これが「琴ヶ浜」の由来だと記されていた。
戦の時代とはいえ、とても悲しい話である。
「琴ヶ浜」の砂は、白くてたいへん綺麗な砂だ。
琴姫さまと父上さまの心が美しいからであろう。
「平和な日本にいることを感謝しなければいけない」
日本海の景色が急に哀愁を帯び始めた。
無量寿経に以下の御教えがございます。
『〔彼らは〕後の世のことなど少しも頭になく、それぞれが〔その場限りの〕楽しみを求めようとするのだ。欲望に目が眩んでは理性を失い、覚りへの道には近寄ろうともしない。怒り心頭に発して我を失い、〔あるいは〕財欲と色欲に狂って貪る』
【現代語訳 浄土三部経 浄土宗総合研究所編p134】
*参考文献=「未來社 石見の民話第一集」
ありがとうございました。