猫のはからい | 「ゆるりと仏教」いも掘り坊主の与太話

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「念死念仏 常途用心」
仏さまの御教えを、拙僧のエッセイとともに紹介しています。
ほとんど与太話(^_^;)ですが、法話らしきものも書いています。
つたない文章ですが、笑ってもらえたり、うなずいてもらえたりしたら嬉しいです。
毎週水曜日に更新しています。

この度の大雨で被災されました方々に、お悔み申し上げますとともに、お亡くなりになられましたお方には、ご供養お祈り申し上げます。

 

御盆の夜に、ふと窓の方を見てみると、向拝で猫が寝ていた。
 

三毛猫だ。

 

十年前に自分が引っ越してきた当時も、この向拝でトラ毛の野良猫がよく寝ていた。
 

とっても人懐こい猫だった。
 

例えば、朝、雨戸を開けると、日当たりの良い庭石の上から降りてきて、朝ご飯をおねだりしてくる。
 

また、何かの拍子で窓をあけていると、いつの間にか家に入ってきて、座布団の上で昼寝をしている。
 

とても静かで、穏やかな猫だった。
 

しかし、一年程経ったとき、トラ毛の猫の様子が思わしくなくなってきた。
 

そこで、お医者さまの所へ連れて行き、診ていただくことにした。
 

高齢による衰えで元気がなくなってきている、と説明してくれた。
 

近所の方にも聞いてみると、このあたりで二十年近く暮らしているのだと教えてくれた。
 

人間でいえば、百歳近い年になる。
 

先生によれば、治療をしても元気になることはないようだ。
 

寂しいことだが、寿命なのである。
 

ということで、お医者さまに診てもらってからは、安全の為に、トラ毛の猫と家の中で一緒に生活をすることにしました。
 

怪我や事故に遭ってはいけないですから。
 

そうなると、家猫になるのだから首輪が必要となる。
 

ペットショップに行って可愛らしい首輪をさがす。
 

快適に眠れるように、やわらかい敷物も用意した。
 

もちろん夜は一緒の部屋で寝る。

 

理由はよくわからないが、毎日気持ちが温かくなった。

 

とても幸せな時間だった。

 

でも、日に日に体力が落ちていくのはわかる。
 

傍にいる時間が長いから余計にわかる。
 

お別れの時も近づいてきているようだ。
 

一月して、いよいよその時がきた。
 

最期を看取っていただくよう、お医者さまにお願いをして家まで来ていただいた。
 

痛み止めを打っていただき、苦しまないようにだけはしていただいた。

 

どうしようもなく、涙にくれた。

 

私が最期にしてあげられることは、念仏をお称えすることしかない。

 

震える念仏に、「どうぞ阿弥陀さま、猫ちゃんをお救い下さい」と願いを込める。
 

今、縁側で寝ている三毛の猫をみると、十年前のトラ毛の猫のことを思いだす。

 

今宵は御盆の夜である。

 

きっとトラ毛の猫が計らってくれたのであろう。


明治時代の往生伝に、以下のような御記がござい

『延元のころ三井寺の傍に菴を結びたる遁世者あり壮年より鶯を好みて飼う中に翼も未だ生ざる雛を得て飼立ぬこの僧つ子に法華経を読誦し念佛を唱ふをりをり鳥に向つて云く汝鳥類といえども凡鳥にあらず口舌法華をとなう我また汝を飼て法華を誦す宿縁ゆえあるにあらずや汝口に唱へ耳にきけり法華円頓の妙海に入れば非情をして成仏せしむ。云々。数年の後二月十五日の午の刻彼の鶯ことさらに法花経を唱へてたちまちに死す僧悲歎し今日佛涅槃に當つて忽然として終ることは定て成仏の證なるべしと彼の鶯をひそかに叡山の霊地に持行て岩の下にうづみ経をよみて皈るそののち山に上るごとに彼所に往て読経念佛して回向すあるとき夢の中に童子来たりて告て云く我はこれ三年已前に死したる鶯なり教化追福の功徳にこたへて即ち身を轉じて極楽に生ず故に来て厚恩を謝すと 云々』

拙僧訳
《延元(1336〜40)の頃、三井寺の傍らに庵をもうけて静かに暮らしていた僧がおりました。壮年より鶯を好んで飼っておりました。その中に翼がはえる前の雛もおりました。僧は、つねに法華経と念佛を称えるごとに雛鶯に向かって、「あなたは普通の鳥とはちがいますよ。雄弁に法華経をとなえています。私もあなたの近くで法華経を称えています。宿縁があるからなのでしょう。あなたは法華経と念仏を称えて聴いております。すべての功徳が円満にしてかたよらず、一切を欠けることなく心に具えていると悟っていくのであれば、成仏するのです。」云々。数年後の2月15日のお昼頃、この鶯が法華経をいつにもまして称えたかと思うと、たちまち亡くなってしまいました。僧は悲しみながらも、2月15日はお釈迦さまが涅槃された日であるのだから、鶯が成仏したあかしであろと感じました。そして鶯を比叡山のとある岩のしたに埋めて、供養しました。僧は比叡山にのぼる度に鶯のところへ行き、法華経と念仏を称え供養しました。するとあるとき夢の中に幼い男の子が出てきて言いました。「私は3年前に命終しました鶯です。僧の供養によりまして極楽に往生することができました。ですから、感謝をしたくてこのように参りました」 云々。》

【法蔵館 三国往生伝巻之上 道光(了慧)著〔他〕p41】

ありがとうございました。