小説 人生賞 大賞10万円 副賞+α-人生賞

                                 

これは小説である。広義の意味において小説である!

   人生賞                  

             

       芥川しげる

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人生。

人それぞれにあるはずの人生。

そう、本来「人」それぞれにあるはずのものなのに、それがいつしか……。

無い!!

「俺」には無いっ…!

社会という圧力に殺され、画一的に統制された社会の中で俺という人生が無い状況…。

俺は誰だっ!?何でこうなってしまったっ?!

良い高校に入るため勉強し、さらに勉学するために大学に入り、そして社会の荒波へ…!

そうして俺はどこへ行った!?

誰もが同じような顔で、ただ虚ろに、モニター越しの世界や、意味もなにやらよく分からないモノへの投資をして、そして同じ様な日々の繰り返しっ!?

あの頃、そう「あの頃」の、あの情熱に燃えた信念、イデオロギーは何処へっ?!

自分の信じるべきものがあったあの日々は何処に?!

回り続ける社会があっても「俺」がいない人生に何の意味がある!?

目指すべき「人生」という信念が欠けた今の閉塞状況で、何を求めればいいっ?!

「人生」を掴むんだ!誰の手でもない…!自分の手で……!!この圧倒的ともいえる社会への個人の反抗。それがこの賞、「人生賞」だっ…!




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この賞は基本的に一人に付与される。ただ…勘違いはするな!社会が決めるんじゃない!会社が決めるのでもない!

「俺」だっ!

俺自身が決める!

どんな文章力があろうと、どんなに画力があろうと、それが全てでは無いっ!

基本的にこれは「人生」!この「人生」って奴をどう捕らえるかに懸かっている!

この人生を上手く扱えた奴には、大賞十万+副賞αを付与する!

もう一度言う。勘違いはするなっ!「俺」が、俺自身が決めるんだっ。この額は最低十万という意味…。重要なのはこの「+α」だっ!これは増えこそすれ、減ることは無いっ!だから、最低額は、十万だっ。これは保障。最低限の保障だ。俺は金持ちでも、政治家でも無い。ただこの「人生」って奴を考える、いわば無想家だ!この金はいわば俺の身銭でもあるのだ。

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何を馬鹿な事を…、と思われる方が多勢だろう。だが、「勘違い」するな!この賞は一人でも、俺以外の誰かが、たとえ兄弟だろうが、親戚だろうが、赤の他人だろうが、「応募して」受賞したなら、必ず十万円+αは払う!

だが誰も応募しなければ無論、賞金は俺の「人生」に付与されることになる!馬鹿にしていた者の誰かが…、もし一人でも誰かが、眼にとまりさえしてしまえば、それは応募した者、その一人が権利を得る。二人ならば…そのどちらかが権利を得る。

だが、俺も「人間」だ。「感情」もある。この感情という「意思」に従って決めるのだ!勿論兄弟が貰う事もありえる。しかし、三人、四人と、この「人生賞」に作品を応募すれば…可能性はこの三人、四人と広がる。それは兄弟だろうが知人だろうが関係ない!むしろその方が望ましい。

               

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このブログにはいずれ沢山のアフィリエイトを張っていく。それを意図的ととるか無作為なのかは、これを読んでいる、諸君に委ねたい。これらを買った買わないで押した押さないで俺の「意思」、が変わるかもこの読者自身に委ねたい。無論、この「人生賞」に付随する物が諸君らに買われ、収支が上がるようならば、この+αに一部を還元しよう。要するに人が増えれば、この「人生賞」がより重要な賞に生る事は必然。人が少なければ、得るモノは無論、より十万に近い額になる。全てはこの「人生賞」の正確な意図を測るのが重要に成る…。

ねずみ講だと?詐欺だと?誇大広告だと?!違う、この人生賞は大賞は一人だ!大賞は一人に授与されるのだ。しかも、それは作品でなくてはならない。ヘボでもいい。この俺に印象付ける「作品」が対価だっ!

無論、こんなこと馬鹿げている、現実味が無い、と罵るのも自由。無視するのも結構だ。だが、仮に、この「人生賞」を有意義に使うのならば、作品を作れっ!拙くてもいい!自分の思いの丈をぶつけろっ!

漫画でもいい!イラストでもいい!俳句だとしてもかまわない!

               

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この賞が信じられないのも分かる。…であるから真実であることを決定付けるために自分の短編小説を掲載する。もちろんアマが作った屑同然の作品だ!しかし、この短編小説はいわば、試金石。とりあえずこの小説に対するアンサー作品を募集する。解釈は自由だ。昔の自分の作品を引っ張り出してもいい。この作品に対し、「俺」が意義ありと思う作品三つに、それぞれ一万円を付与しよう。猶予は作品が見つかるまでだ。これは作品とその速さと「俺」という人間の把握に掛かっている。もちろん無視するのも結構、どんな作品でも結構。


ただ、俺の眼に触れるために、「人生賞」の文字を入れるのが大原則だ。いわばこれは商標マークの様な物だっ!これで受賞者は、もし一万円が貰えたなら、その旨をブログなり何なりで声明するのが原則…。これがまた発表されたとして、その声明が嘘か真かなのかの判断も諸君らに任せる。決めるのは「自分自身」だ。これが上手くいこうと行くまいと、「人生賞」は与えられる。真に受けようと偽と受けようと、決めるのは「読者自身」だ。

そして、もう一つ言っておく。これも大原則だ!この賞は、基本的に作品は受付はしないっ!自分の眼にとまらなければ、この賞は意味を無さないという事だ。つまりグーグルなりヤフーなりSNSなり検索をして、この「人生賞」というワードに引っかからねば無為ということだ。逆に眼に止まりさえすれば受賞の可能性は確実にでる。どうしても作品を見てもらいたいのなら、色々策を検討はする。だが、基本的に見るのは「人生賞」、この検索に引っかかるものだけだ。つまりどうしても検索上位が、人生賞を受賞する可能性が高くなる!だが、間違えるな!決めるのは「俺」だということに。

さぁ、自分の人生に自信のある者、無い者、模索している者。誰でも良い!作品をつくれっ!自分の、自分だけの、自分による作品をっ!これが俺の人生だという事を示してやれっ!それが俺のこの世界への反抗の一手だっ!<続く>