ガガ祭り本番3日前。
ホテル側やスタッフたちとの連携が密になってくる。
なんせ、ウン百万円規模のドデカいイベントである。
それだけのお金をかけても年に一度のファンとの集いをやりたいと思うのはみんなが喜んでくれるからだ。
失敗は許されない。
否が応でも気持ちは高まる。高まれば、鎮めるしかない。
だから、神社に行く。お寺に行く。
手を合わせる。呼吸を整える。少しだけ、胸に静寂が訪れる。
この数日で、一体私はどのくらいの神社仏閣のお世話になっただろうか。
一週間前から少しずつ減らしていた食事量を、この3日間でますます減らした。
胃がいっぱいだと気が散るから、多少の飢餓感がある方がちょうどいい。
神経を研ぎ澄ませていた方が、様々なところにアンテナも働く。
と、そんな格好いいこと言っていても、ただの言い訳なのである。
要は緊張しているのだ。
ゲストにしっかりと満足を与えられるか、心配でどうしようもないのである。
そんな時、友達のルパンからズワイガニが送られてきた。
「ガガ祭りの前に美味しいもの食べて英気を養って」そんな言葉と共に。
嬉しかったし、美味しかった。
ああ、一人じゃないと思って、すごく元気が出た夜だった。
思えばこのあたりから、仲間たちがたくさんの心遣いをしてくれた。
今になればよく分かるんだけど、緊迫していたその時の私は、みんなにうまく気持ちを伝えられなかったかもしれない。
本番2日前、ほぼ全ての準備が完了。
翌日の荷物搬入の予定を立てる。
オットと夜参り、抜けがないかを話しながら歩く。
夜参りの時間は風が冷たく顔が痛いが、気持ちが引き締まっていい。
帰宅後、神経質すぎるくらいにうがい手洗いをする。
体調を崩しては元も子もない。
青森のパピコや、出席してくれる出版社から連絡が来る。
みんな楽しみにしてくれているとのこと。
特にパピコとのやりとりは楽しい。
当日は、鶴田町の葡萄を持って来てくれると言っていた。
ガガ祭り前日、11月15日。
この日は、飼い猫の虎丸の8歳の誕生日だった。
生後2カ月未満で売られていて(今は売れないよね、2カ月未満は)、病気を持っていて、長生きできないかもしれないと病院の先生に言われたのに、ちゃんと元気にここまで生きている。
やんちゃすぎて悪さばかりして、しょっちゅう「とらーーーっ」って叱るけれど、よくぞまあこんなに元気になってくれたと私は嬉しくて、ついついおやつをあげてしまう。
明日は1日、留守にするからいつも以上にとらと遊ぶ。
遊びすぎて、手を引っかかれる。
やばいやばい。
午前10時、YOUが自宅にやってきて、ホテルへの荷物搬入準備開始。
200冊を超えるサイン本、ゲストへのお土産のトートバッグのデカい段ボール、備品の山エトセトラ・et cetera・・。
一度では無理かと思ったが、それぞれが荷物を抱きかかえつつ、オットの愛車の真っ赤なインサイト君に頑張ってもらいつつ、なんとか1度の運搬で搬入を終える。
ホテル側の助けを得て、搬入無事に終了。
11時から現場(会場)にて、舞台裏の本当の最終チェックに入る。音響やスクリーンなど本当に細かいことに目を凝らす。
皆、真剣。
空気、鋭く。
その後、会議室にて打合せ。
タイムテーブルや入り時間など細かいことをこれでもかと確認し合う。
正午、打合せを終え会議室を出ると、なんとルパンと遭遇。
ルパンはマジックのパフォーマンスのため、会場のホテルに前入りしていたのだが、まさかここまでタイミングよく会うとは思わず。
帰宅したところでどうせソワソワするだけだからと、
いっそみんなで遊びに行こうと、ルパン&YOU、そして私たちで国分町まで牛タンを食べにレッツラゴー。
久々に楽しく食事をした。
ドライブしながらスタバに入り、ルパンのテーブルマジックに時間を忘れる。
神社にも足を運び、そこで起きた面白い出来事に皆で驚愕する。
私が言うのもなんだけど、不思議なことがあるもんだ。
なんだか勇気をもらう。
そして、なんというか、ルパンのおかげで緊張がほぐれた。
ピリピリするよりずっといい。
ピリピリは会場にも伝わる。ルパンはきっと、神様が使わしてくれた大事な「そういう」存在なのだろう。
ルパンが両親にもお土産を持って来てくれたので、それを届けに実家に帰る。
実を言うと、このガガ祭りには、両親の協力が欠かせない。
特にこの秋、我が実家はいろいろなことがあってえらく大変だった。
だから、無事にこの日を迎えられることを両親に感謝したのである。
「ま、とにかく楽しく盛大にやろうや」
かくしてわが父は飄々とそう言い放った。
その夜は、野菜中心の鍋を軽く食べて、ゆっくりとお風呂に入った。
田崎太郎工房長からも、明日が楽しみだという連絡が来ていた。
好きな人達が一堂に会する、それを思うだけで楽しくなった。
そうか、自分の好きな人達が、そこでまた友達になるかもしれないってなんて素敵なんだろう。
こうやって人の輪は広がっていくんだな。人とのつながり、これが人生なのかもしれない。
ああ、なら私はとても良い人生を歩んでいる。人様に誇れるものではないけれど、自分には堂々と誇れる人生だ。
悪くないじゃないか、私。
不思議ととても落ち着いていた。
神棚に手を合わせてお礼を言った。
1月に死んだ愛馬のタテガミを一本、懐紙に包んで、明日のスーツのポケットに入れた。
愛馬の存在はいつでも私に力をくれる。愛馬はいまだに私の三分の一なのである。
午後11時45分、ベランダに出て空を見上げるときれいな葡萄色だった。
明日はいい天気になりそうだ。
どうかみんながトラブルなく無事に会場に辿り着けるように願いながら、愛読書の「マリアビートル」を手に床に入った。
またまた続く