今年も確定申告の時期が近づいてきました。毎年少しずつ税制に変化はありますが、今年は所得税の基礎控除がこれまでと大きく変わるなどがありました。きょうは税金も含んだワールドワイドなお話を。ちなみにこの投稿は脱税目的ではなく、むしろその逆、「国外転出」「居住者と非居住者」を理解することで適正な課税につなげるものです。

全般的には対象者がかなり限定された話になりますが、部分的には対象者が広い話もあろうかと思われます。

 

日本国内で多拠点生活をしていると、住民票がどこであったとしても、それぞれの場所で住民税が課税されることが実はあります。

これは、住民税の課税根拠が「1月1日現在の居住地で課税」となっていて、原則は住民票の場所(住所地課税)になるのですが、居所課税といって住民票の場所とは異なる場所で所得が発生していれば居住地と扱って課税することも可能になっているためです。

ほとんどの人は、そもそも多拠点生活をしていない、あってもせいぜい「年末年始と連休だけ実家に帰るけどほとんどは職場や学校の近くで暮らしている」など、1か所の居住地で所得が発生していると思われます。

ですが、たとえば2か所以上の拠点に年間でそれなりの期間いて、それぞれで並行して所得が発生し、しかもその居所がかつては住民票の住所だった、なんていうパターンだったりすると(さらにこれが給与所得者で、源泉徴収票≒給与支払報告書に別々の住所が載っていたりなんかすると)、、、

場合によっては、住民票の履歴をもとに、ある所得が住所地でも居所でも課税所得と扱われ、知らず知らずのうちに二重課税になるケースも。

 

たとえば、われらが神戸市も、それは認識しており、「よくある質問と回答」に

他市町村からも納税通知書が届いています。二重課税ではないですか。

「住民税(市県民税)は、毎年1月1日にお住いの市町村で課税されます。原則として住民票がある市町村での課税となりますが、実際の居所が異なる場合、調査のうえで居所にあたる市町村が課税することがあります。

神戸市と他市町村からそれぞれ通知が届いているのであれば、何らかの理由で重複が生じている可能性がありますので、お手元に通知書をご用意のうえ、市民税課(0570-078-401または050-3625-7103)までご連絡ください。」

 

と、きちんと明示されています。

 

この、「国内多拠点生活」のパターンに、さらに「日本国外での生活」が加わってくると、もちろん国家間の租税条約が絡んでその点では複雑にはなるのですが、日本国内については国外転出届によってすべての課税所得が居所課税で統一されるため二重課税の発生リスクは解消できるようになります(確定申告が必須になります)。

 

海外生活をする際に、国外転出届を出すべきかどうかは多くの方が迷われること。

ここでそもそも、国外転出届についておさらいしておくと、

・外国継続滞在1年以上 国外転出届が必要(転出前の予定転出届、または転出後だと届出日からの国外転出扱い)

・外国継続滞在1年未満 国外転出届不要

・日本継続滞在1年以上 入国14日以内に国外転入届にて住民登録必要(パスポートに帰国印と、戸籍の附票が必要です)

・日本継続滞在1年未満 一時帰国の扱いとなり住民登録不可

となります。「必要」「不要」「不可」の違いにお気をつけください。

たとえば、会社勤務で海外赴任期間が予定2年だとした場合に国外転出届を出したものの、なんらかの事情で赴任が中断し3か月で日本に帰国、住民登録をしないままその6か月後に改めて海外赴任が始まる場合を考えてみます。日本に帰国した時点で「6か月後の海外赴任が決まっていた」かどうかで、住民登録をしなかったのが住民基本台帳法違反なのかそもそも不可(つまり適法)なのか判断がわかれる状態ではありますが、「予定2年の海外赴任」という時点で国外転出届は必要ですので、全体の流れで見ればこれが正当といえます。

国外転出届を出すかどうかで気になる健康保険や年金ですが、会社勤務の場合ですと海外赴任中も日本円で給与が支払われかつ日本の社保加入条件を満たす勤務時間数ならば、健康保険や年金はそのまま継続するはずですので(健康保険には海外療養費という制度もあるくらいですし)、特にその点の影響はなさそうです。

また、以前は国外転出届によってマイナンバーカードが失効してしまい返納するようになっていましたが、2024年5月27日以後の国外転出届からはマイナンバーカードは失効せず国外でも継続利用されるようになっています(2015年10月5日以後に一度も日本に住民登録をしたことのない人はそもそもマイナンバーが付与されていないため対象外)。

 

次に、海外生活時の日本への課税絡みで「居住者」「非居住者」という概念があります。

一般的には、国外転出したらイコール非居住者というイメージがありますが、実際にはまったく別の概念です。これは、冒頭に述べたとおり、課税対象に居所課税も含まれているためです。居住者=「国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人」、非居住者=「居住者以外の個人」と規定されています。

このあたりは税理士の独占業務にも絡んでくるので詳細はここでは省略しますが、国外転出していても日本で課税所得が発生していれば、日本での1月1日〜12月31日の滞在期間が183日未満・以上に関係なく日本の課税対象者となります。そのうえで、国家間の租税条約をもとに国レベルの二重課税を回避する手続きをとってから納税するようになります。

そのため、日本に対しての確定申告を怠ると、日本のみならず当該外国でも不適正な課税あるいは脱税になる可能性があるため、忘れないことが大切です。日本で、また当該外国で、居住者であっても非居住者であっても、です。

 

なお、国外転出届のほかに、海外で暮らす場合および日本に一時帰国中に必要そうな手続きを以下に書いておきます。

・在留届 3か月以上外国で住所を定める場合は必要です。最近はオンラインでも届出ができるようになりました。

・パスポートの発給(切替=更新も含む) 在留国政府による公的証明書が必要です。日本に一時帰国時に発給することも可能でその場合も同様ですが、日本に住民票がないためオンライン申請ができないほか代理申請ができない点は注意が必要です。なお、パスポート紛失盗難時はその届出をすみやかに在外公館に届け出たうえでパスポートの再発給あるいは帰国のための渡航書の交付が必要です。※当該外国での永住者でない限り、パスポートは外国にいる間は常時携行するのが大前提です!

・日本での印鑑登録 国外転出届の転出日から日本での印鑑登録(印鑑登録証明書)は利用できなくなります。代わりのものとして、公証人(日本・外国は不問)に対してサイン登録の手続きをすればOK。あるいは日本の領事が作成した署名証明でもOKです。在留国政府による公的証明書も必要です。

・マイナンバーカードがない場合の日本への確定申告 2025年9月30日までに国税庁(税務署)にID・パスワード方式の利用届出をしている場合は、現時点ではこれを使って「確定申告書作成コーナー」からe-Taxでの確定申告が可能です。

・一時帰国時にマイナンバーカードの発行 2015年10月5日以後に日本に住民登録していた場合は交付申請が可能。受け取り時に本人確認書類が必要です(パスポートは本人住所記入欄が廃止されたため、パスポート+年金手帳などのように複数の証明書の組み合わせが必要)。

・日本でのTax Free免税品の購入 直近2年間継続して国外転出している日本人もTax Free免税品の購入が可能です。そのことを示した戸籍の附票の写し(在留国政府による2年以上在留の公的証明書に代えることも可)とパスポートに6か月以内の日本帰国スタンプが必要です。

・日本でのJapan Rail Passの利用 海外在住歴が通算10年以上で一時帰国中の日本人もJapan Rail Passの購入が可能です。国外のJR指定販売店で引換証を購入する際と、日本の引換窓口で実際にPassを受け取る際にも、パスポートのほか在外公館による証明書で通算10年以上の在留期間を証明する必要があります。

・日本の選挙権 在外選挙人証を持っていれば、国政選挙に限り投票可能。この場合、投票対象の選挙区は、国外転出届の時点に住民票のあった住所にもとづきます。在外公館での投票、郵送で投票用紙を受け取って返送する投票、一時帰国時に在外選挙人証を提示しての投票(日本では当日投票、期日前投票、不在者投票ともにOK。不在者投票の場合は事前に日本の一時帰国滞在場所を選挙管理委員会に連絡が必要)が可能です。

・日本で戸籍謄本(全部事項証明書)や戸籍の附票の写しの発行 パスポート提示で本籍地の区市町村で交付OK。戸籍謄本については他の区市町村での広域交付もOK。

・日本で住民票除票の写し(世帯全員が転出済みの場合)の発行 パスポート提示で当該住民票のあった区市町村で交付OK。

 

以上、思いつく限りでまとめてみました。

制度的な話ばかりとなりましたが、根本的なこととして、日本人は外国ではあくまで「入国資格を得た外国人」ですから、立場的にも文化や習慣でもいろいろ大変なことが多いはず。どの国も「自国民ファースト」なもの・・・と心得ながら、国境を超えた多拠点生活のメリットを見出して暮らしていけますように。

この投稿を書いてみたくなったのは、先日のこの報道から。

「三宮」の有志と「元町」の有志とで、白昼堂々綱引きを5度やって、その結果、「元町」の4勝で「京町筋から西は元町に決定」したのだとか。

もっとも、それぞれの有志の所在地の分布で、境界が決まりそうな気もしますが。。。町おこしでしょうか。

 

そもそも、三宮町三丁目があって、鯉川筋(暗渠になっている鯉川が由来。)があって、元町一丁目、なわけですから

「鯉川筋が境界とちゃうの?」というのは正論ではありますが、

こういう、綱引きで決めよう!となるぐらいまでの論点になるあたり、

三宮・元町の両駅から見た「エリア」だったり「距離」だったりで、境界は一様とは言えない状況だったわけで。

実際、「大丸は三宮ですか?元町ですか?」とこの二択で聞けば、昨今では99%「元町」という回答になっていると思われますし。

 

さて、ここで、「三宮」「元町」の由来を挙げますと、

・三宮は、三宮町二丁目にある「三宮神社」に由来します。

・元町は幕末から明治初期にかけての開国に関係しています。開国にあたり、神戸に外国人居留地が作られることになったのですが、その場所は今の旧居留地、当時で言うと、旧生田川(流路の中心は現在のフラワーロード・加納町)河口の湿地で、大雨にもなれば浸水するような集落には向かないエリアだったようです。そこに外国人居留地という新たな町ができることになり、「元からの町」ということで「元町」と言われるようになったのが由来です。なお、外国人居留地を作るにあたり、外交の兼ね合いもあってでしょう、生田川は明治早々に現在の流路に付け替えられ、旧生田川は水路ではなくなっています(1938年の阪神大水害を除く)。

 

少なくとも、明治初期において、今の元町も、三宮神社も、さらには生田神社も、「元からの町」であって、特に三宮神社の南・大丸神戸店の北に接する道は江戸時代、明石方面から京都に続く西国街道だったわけですから、街道沿いは大小あっても町だったようです。ですので、「三宮か元町か」ではなく「元町か開国後にできた町(外国人居留地とか北野町とかの外国人居住区)か」だったと言えます。

また、1874年には政府によって鉄道が敷かれ、三宮神社を駅名の由来とする三ノ宮駅が設置されています。この三ノ宮駅は現在の場所ではなく、三宮町三丁目の北側、三宮神社に近い場所でした。

 

「三宮」「元町」がそれぞれ独立して認識され、「三宮か元町か」になった大きな転換点が、

この、三ノ宮駅が1931年に、鉄道の高架化に合わせて現在のJR三ノ宮駅の地に移転したこと。

 

それより前、1905年には、三宮神社のある「元からの町」の外れに位置する、現在のポートライナーの三宮駅(の隣にあった三宮ターミナルホテル)のあたりに、阪神電車が路面電車の開業に合わせて「三ノ宮駅」を設置しています(ただし当初は雲井通駅という名前だったという説もあり)。生田川の付け替えまでは、今のフラワーロードの東側は町がほぼない状態で、明治初期に神戸市の前身の神戸区ができるまでは旧生田川を境に西が「八部郡(やたべぐん:須磨まで)」東が「菟原郡(うばらぐん:芦屋西宮市境まで)」と郡すら別だったほど。生田川の付け替えを機に東側が急速に市街化する中で阪神電車が開通した当時は「三宮の外れ、三宮に入りたくても入れないような、ぎりぎりの場所」、それが現在の三宮駅の場所だったわけです。

しかし、この、明治初期の生田川の付け替えで始まったフラワーロード東側での急速な市街化、そして明治末期に阪神電車が設置した「三ノ宮駅」によってこの駅を中心とした町が育まれていったことで、昭和に入り、国鉄の三ノ宮駅が、その場所つまり現在地に移転することにつながります。

なお、国鉄の高架化・複々線化が完成した1934年には、地元の要望を受けて旧三ノ宮駅にほど近い場所に元町駅が新設、これが現在のJR元町駅になります。

 

大丸神戸店が元町四丁目から現在の地に移転したのは、1927年のこと。

元町から、三宮神社また当時の国鉄三ノ宮駅(1931年の駅移転前)のすぐ近くに移転してきた大丸神戸店は当時、場所を掲げる際には「三宮大丸」と表現した広告を出しています。

 

ここで話を戻します。

そう、1927年当時、大丸の場所は、大丸さえ「三宮」と呼ぶエリアでした。

その後、

1931年に国鉄三ノ宮駅が移転し、

1934年に国鉄元町駅が現在地に設置され、

1936年に現在でいう阪急神戸三宮駅が誕生し、同年阪神元町駅もできて、

「三宮」と「元町」は、駅でいえば「隣町」に。駅の変化により、三宮神社の最寄駅が、三ノ宮駅ではなく元町駅になりました。

そして三宮は、三宮神社を中心としたエリアだったものが、現在の三ノ宮駅を中心としたエリア、つまり東に広がり、今では、フラワーロードのかなり東に「神戸三宮ユニオンホテル」というホテルがあるくらい、あのあたりも三宮のエリアという位置づけになってきています。

大丸神戸店が場所を掲げる際も、「三宮大丸」→「旧居留地・大丸」→「大丸・もとまち」と、まちの変化・人々が感じるエリアの変化に合わせて変化しています。

 

幕末の開国、外国人居住区の誕生で対比された「元町」、明治初期の生田川付け替え、「三宮」の東への拡大、昭和初期の駅の変化。

そのなかで隣町と化していった「三宮」と「元町」。

そこからまもなく100年となる今、令和になって、

 

「大丸は元町やろ。じゃあ三宮町三丁目は?というか、三宮と元町の境目ってどないやねん?」

 

という流れから、ついに、「力づくで」!、決着させる・・・という出来事に発展したようです。

結果、京町筋がその境界に。三宮神社は、「三宮」ではなく「元町」という結果に。

 

三宮が東に広がった歴史を追うように、元町も東に広がった?はたまた、「元からの町」の一部を元町は取り戻した?

これはこれで、歴史に刻まれるひとつの出来事としてありだと思いますが、

境目に決着がついてなかったからこその共存共栄という一面もきっとあったはず。

ともに「神戸の中心」として、よりよいまちに成長し続けるのがいちばんではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

52ndの一人から。

私は、税金を使う(将来への借金が増える)日本国内のGOTOトラベルは一切使っていない一方で、利用客が減って少しでも収益を上げたいという純粋な経済活動に貢献するべくアメリカ旅行(日米の往復)は3か月ごとに続けています。「アメリカにお金を落とすより日本にお金を落とせ」という反論も聞こえそうですが、日本で国際線を利用すると、それだけで毎回1,000円日本政府に納税しているのをご存知でしょうか?

あくまで日常と同じ経済活動・納税のスキームのうえでコロナ禍にどう旅行すればよいか、を、日米の往復をしている私の視点で話してみたいと思います。

 

コロナ前と比較して、違う点だけ書いていきます。なお、ここでいうアメリカは、アメリカ本土に限定していると考えてください。ハワイ州やグアムなどは、ルールが異なりますので以下の記述は当てはまりません。

 

<日本出発前>

アメリカ行きの飛行機に乗るには、その飛行機のチェックインの際に、3日以内のPCR陰性あるいは陽性後回復を証明するドキュメントが必要になりました。このドキュメントは紙でなくても画面でもOKです。ただし2歳未満の乗客は不要。

このドキュメントで必要な記載項目は、もしかしたら乗る航空会社ごとに若干違うかもしれないので、あらかじめ乗る予定の空港の航空会社のカウンターに聞いておくとよいでしょう。

あと、免税品の購入に関して。日本の市中免税店でDUTY FREEを営業しているのは、現在、東京の銀座三越にあるJAPAN DUTY FREE GINZAだけで、しかも、出国の7日前までに買わないといけなくなっています(いま、空港の市中免税受け取りカウンターを原則閉鎖していて、これを一時的に再開する手続きに日数を要するため)。日本の空港の出国エリアにある免税店も、営業している店舗はごくわずか。これについては空港のホームページで営業状況が随時発表されているようです(ちなみに、アメリカの空港はおおむね休業店舗はなさそうです)。

これ以外はコロナ前と同じです。

<飛行機の中>

マスク着用が義務付けられている点と、機内免税販売など一部のサービスが中止になっている点以外は、これもまたコロナ前と同じ。

<アメリカ入国>

コロナ前と同じです(入国前14日以内にヨーロッパや中国へ渡航歴がなければ、同じ)。

<アメリカ国内>

州ごとに、陰性証明や追跡アプリのインストールが必要だったり隔離のレベル(自主隔離要請だったり隔離義務だったり、いろいろある)や日数があったりなかったり、ルールが違います。飛行機を乗り継ぐ場合は、乗り継ぐ空港の州の分も含めて、地上に降り立つすべての州について調べておくのが基本です。

自主隔離要請であれば、基本的には公共交通機関に乗っても大丈夫です。濃厚接触を生むような行動をしなかったことを証明できるよう、行動履歴をメモしておくと安心です。

アメリカでは基本的にPCR検査はだれでもいつでも何度でも無料で受けられます。アメリカ国内の移動に関してはこの無料PCR検査の結果を提示すれば大丈夫ですが、次に書く日本入国時に必要な陰性証明の記載要件は満たしていないかもしれないので注意。

これ以外はコロナ前と同じですが、ただし観光客向けの現地ツアーはだいたい中止になっています。個人旅行派にはno matterですね。

<アメリカ出発前>

日本入国の際に、空港検疫のひとつとしてコロナ検査を受ける必要があり、これで陰性の結果が出た後(検査は唾液検査が基本で、この場合、検査結果が出るまで2時間程度かかります。)に空港を出ることになります。加えて、日本入国時に陰性証明が必要です(緊急事態宣言解除後、一部の州からの出発については陰性証明が不要になる見込み)。この陰性証明がない場合、空港の唾液検査で陰性だったとしても、日本に到着した日の翌日から3日間は日本政府指定のホテル(大抵アパホテル)で強制隔離になります(3食弁当付き。この弁当代とホテル代は政府負担)。これが嫌なら、アメリカ出発72時間以内に、日本政府が指定した様式と同じ記載項目を満たした陰性証明書を「紙で」用意しておく必要ありです。ここでややこしいのが、医師のサインが必要という点。活字だけではダメとのことでした(日本政府は厳しい)。

陰性証明がなかったことを理由に3日間の強制隔離を経たあと、あるいは陰性証明の件をクリアして強制隔離がなく帰国したあとは、14日間の待機要請が課されます。ポイントは、隔離ではないという点。よく誤解されていますが、日本では、さきほどの強制隔離以外では、陽性の結果が出たか、その濃厚接触者に認定されない限り、隔離はありません。なので、濃厚接触になるような行動をしなければ、基本的に外出は可能です。

ただし2点だけ注意事項があります。

(1)待機の14日間は、外出中の行動記録を分刻みで残しておくこと。基本は自宅かホテルかで待機しているルールなので、そこを離れる間の行動は、万が一自分が陽転した時には説明する必要があります。

(2)空港から待機場所に移動する際は絶対に公共交通機関を使わないこと。空港警備ですぐ見つかります。国内線への乗り継ぎもアウトです。私の場合、羽田空港の第3ターミナル(国際線は現在すべて第3ターミナルでの発着になります。)に無料の駐輪場があるので、自転車で空港に入り、自転車で空港を出るようにしています。

これ以外はコロナ前と同じです。

 

以上、ささっとですが、コロナ禍の海外旅行について、日米往復している私の経験談を元にまとめました。52ndの皆さん、同窓生の皆さん、海外渡航がどうしても(リモートに代えることもできなくて)必要な場面があると思います。そのときは、あきらめず、日本を飛び出してください。井の外の大海のwithコロナ社会を知ることができて、貴重な経験になりますから。

卒業20年の今年、予定していました逸風会'20ですが、

卒業日の3月1日以降、母校の臨時休校が続くなど、新型コロナウイルスの猛威は拡大するばかりです。

今年中に終息するかどうかも読めない状況の中、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、大変残念ですが、逸風会'20を中止させていただくという、やむなき決断に至りました。

 

次回は、卒業50周年の節目に「逸風会'50」を、2050年に行う予定です。

せめて、このころには、この猛威もおさまっていることを願うばかりです。

世界各地にいる神戸高校52回生のみなさん、

どうか、3密を避けて、テレワーク・在宅勤務にシフトして、心身の健康を保ってくださいませ。