上田城から小諸城へ移動し、一日で二箇所の100名城巡りをしました🏯


駐車場に到着すると、なんかあそこにSLがある〜と近づいて見てきましたら、このSLは小海線を実際走っていたC56144で、昭和13年から48年の35年間活躍したSL蒸気機関車で、塗装のお色直しの後、JR東日本長野支社から小諸市に無償貸与されたそうです。


ちゃんと線路も一緒に展示されていて、ファンは何時でもじっくりと眺める事が出来ますね。

お城を見に来たのに思いがけず、蒸気機関車C56144も見れて嬉しかったです♡


駐車場を出て右手に進むと三の門があるのですが、このお城は穴城と言われる様子を見る為には是非とも大手門から見てみたい❣️

JR小海線の線路を潜り、大手門へ向かうと少し小高い丘のようになってる所にちらっと見えて来ました。

手前に見える道沿いを歩いて行きますと、石垣の向こう側に大手門が現れます。

https://www.komoro-tour.jp/spot/castle/history/

私は歴史が苦手で、頑張ってお勉強中ではありますが、わかりやすいまとめが出来ないので、小諸城の歴史は今回貼り付けます!


小諸城の正門は、慶長17年藩主仙石秀久が小諸城を大改造を経て時代の姿になったのだそうです。


うっかりして写真を撮り忘れましたが、ここに立ってみて気が付くのは門を潜っても普通の街しか見えない事上差し


この日は残念ながら、大手門の櫓の中へは入れない日でしたが中へ入れたら、もっと周りの様子も見れたのになぁ🤔


浅間山から千曲川に至る、小諸の地勢を存分に活用した天然の要塞小諸城はその城郭が城下町よりも低い場所に位置する「穴城(あなじろ)」であり、これは小諸城が日本で唯一といわれています。

そのため、お城の玄関と言われる大手門を潜っても何もお城っぽいものが見えません。


少し歩いて行くと、左側に小諸駅が見えます。


駅を左側に大手門を背にこの小海線の線路の下を潜ります。


最初に見た三の門がようやく目の前に現れます。


実際に行ってみないと、位置が下がって行く様子を確認しずらいとは思いますが、逆にここからでは大手門はまるで見えません。


三の門を潜って左側にある社務所?で100名城スタンプをGET( *˙ω˙*)و グッ!

入城料を払い中へ進んだ正面の石垣の中が気になりました。


この方、木村熊二という人物で、出石藩(現・兵庫県豊岡市出石町)の藩士の家に生まれます。幕臣として勝海舟の下で活動しますが明治3年小弁務使森有礼の一行に加わり渡米します。アメリカで牧師となり、帰国は熱心なキリスト教的教育者として女子教育に従事します。


明治26年、小諸の青年・小山太郎らの熱い要請に応えて、小諸に私塾「小諸義塾」を設立し、島崎藤村や画家の丸山晩霞ら多彩な教師陣を招き、青年教育をされた方なんですね。

石版かと思ったらこれは二レリーフって言うらしいのですね。これに掘られた文には「これらし父」と書いてありました。父のように慕われていた方なんですね。これって島崎藤村直筆なのかしらね?


こちらがニの門跡この階段を上がると二の丸跡です

石垣を見ると、ここには大きな石が2つも使われてますね!上田城の真田石を見てから大きな石が気になりますニコニコ


二の丸跡が思ったより広く感じないのは、木が茂ってるからだね。


番所跡の奥には北本丸跡で、ここは弓道場(北の丸跡)として使用されていましたが、弓道場は島崎藤村達が塾生の頃からあったようです。


南の丸跡  横に階段がありましたが登ってませんあせる


⛩鳥居の先の橋は黒門橋

橋の上から見える紅葉がとても綺麗🍁まだ青々してますが、紅葉の季節は人気スポットになるのかな〜🍁


黒門橋を渡った先が黒門跡


石垣に苔が生えていて、歴史を感じます。


荒神井戸 寛保の大洪水の後に掘られた城内唯一の井戸

樹齢約500年で幹の大きさ6.5m‼️パパちゃんが両手広げて立って貰ったんだけど、とっても大きな欅の木🌳


藤村記念館がありましたが今回は入ってはいません。

島崎藤村が小諸にやってきたのは、明治32年。木村熊二に招かれ小諸義塾に赴任し、以後7年間の間に「雲」「千曲川のスケッチ」「落梅集」「破壊」を起稿されたそうです。


藤村記念館の隣に天守台があります。

苔むした天守台はなかなか趣きがあり素敵ですね❣️


この場所は天守台を眺めるように座ると右側には小諸八重紅垂れがある馬場があり左側には地獄谷があるというビュースポットな場所であります。

こちら、日本さくら名所100選にも選ばれてます🌸*・

地獄谷のとても長い酔月橋や武器庫などを見に行くのは、ちょっと体力的に止めておきましたので、風景のお写真だけ撮りました。


水の手展望台だけ見に行こうと思って上がって行ったら、人が昼寝されていたので、写真無しです。

直ぐに引き返して、天守台まで戻ります。


2007年の大河ドラマの舞台だったのですね。武田信玄の所領だった事が書いてあります。

天守台へ続く石垣の横を歩いて行きますと、天守まで行けそうなので、上って来ました

先程下を通って来ましたが、柵もない所を歩くので、少し慎重に歩いて行きます( •̀ᴗ•́ )/


天守台の上を上手く撮れなかったけれど、見晴らしは良かったです。実際立ってみると高さもありますね(⑉°-°⑉)


来た道の他にも通行手段はあり、下りる時はこちらを使いました。


天守台の隣には懐古神社か祀られています。


明治維新を迎え、後に小諸城は廃城処分となりましたが、荒廃していく小諸城を憂いた旧小諸藩士達は資金を集め小諸城を払い受け本丸跡に懐古神社を祀り『懐古園』と命名したのだそうです。


御朱印も頂いて来ました⛩

神社の斜め前にあるのはピカピカに磨かれた鏡石です

武田信玄の軍師・山本勘助が小諸城築城時に使用したと伝えられている石です。勘助は朝夕この鏡石に自分の顔を映して内省したといわれています。

池もあり、風情豊かなな懐古園(小諸城址)には遊園地や動物園もあるんですねぇ〜

とても見ずらいとおもいますが、細い赤い線が歩いた場所なのですが、本当に広大な土地で、全部見て歩くとなると、まる一日かかりそう💦

私たちは100名城を見に行ったので、遊園地も動物園も見なくても大丈夫☺️見ずに帰ることに🚗³₃

なんと言っても帰宅時間は高速使って3時間半以上🚗³₃次の日からパパちゃんお仕事なので、早く帰ってお家でゆっくりしなくちゃ( ´⚰︎`°。)

1日に2ヶ所もお城巡りは好きでもちょっと疲れますからね。


長野県には4つの100名城があり、『松代城』『上田城』『小諸城』『松本城』です。(白っぽい○の所)

2019年に松本城(黒い○の所)小諸城に来る前に上田城へ行き残るは『松代城』(赤い○の所)で長野県の100名城はコンプリートですが、いつかは行ってみたいニコニコしかしながら…まだ行ってない、もしくはスタンプ始める前に行ったお城を合わせて100名城はあと73城もあるんですよねー\(●°ω°●)/コンプリート出来る気しません💦でも、今回感じたのは、私たちみたいに初老夫婦で訪れてる人がとても多かった事はなんとなく少し嬉しく感じました🤗


35回目の結婚記念日も楽しく過ごせました。

気が付いたらもう1週間も経ってました(笑)どうも仕事があると気力体力ともにすり減って、スマホ見ると眠くなります💦 いつもながら長々と御付き合いありがとうございました😊