羽生結弦がそこに居ないということで出てくる現象。
現在の日本のエースとして期待される、鍵山優真選手の苦悩は単純じゃない。
勝利への活望より「エースという称号の重みに押しつされそうになる」心理。
正直で切実な叫びが聞こえる気がしました。
「自分はまだエースだと思っていないのに周りがそう見る。勝たなければならないという空気が怖い。」
あぁ~、かつて羽生選手も同じことを言っていた時があった。
ソチ五輪で優勝した後の周囲の見る眼が変わった。年齢的にもまだ追いかける立場の自分と思っていたが、そんな甘えは許されない。トップとしての重圧を感じた。」と。
でも、その時と今の鍵山優真選手が味わっている「重圧」は明らかに違うと断言できる。
前代の残した「光と影」が異常なまで強いものだったら、後を行くものは「差」を痛感してしまう。
埋めなけばならない「差」。
羽生結弦の残像がいたるところで浮かび上がってくる。
羽生結弦というアスリートが常識の枠組を壊すかのような、誰も到達できない高みをつくってしまったとしたなら?
残された若者にとっては残酷かもしれない。
トップをひた走る「追われる立場」だけじゃない、そこにはかつて強烈な光を放っていたアスリートの眩さとその陰の濃さに視界が遮れれているのではないか?
鍵山選手はそんな羽生結弦が残した残像に苦しんでいるのではないか?
かつては、憧れの存在である羽生結弦の背中を見て一生懸命努力すればよかった。
でも、今は追うべき後姿は他の世界で光り輝いている。
自分自身が今のフィギュア界を背負う戦士となった。
羽生結弦は途轍もない存在だったと、今更ながらに思う。
メディアも、ファンも、後輩も、そしておそらくはアンチと呼ばれる界隈でも(声には出さずとも)痛感している。
かつての羽生結弦を取り巻く環境は、特殊過ぎた記憶が鮮明にある。
競技前のメディアの以上と迄に見える追いかける執拗さ。
集中力を脅かすほどの至近距離でカメラを回し続ける執拗さだ。
雑誌も新聞も挙って羽生結弦中心の画像を前面に出す。売れる構造。
他の選手の姿も映すが、それは羽生結弦比ではない。
懐かしい話がある。
羽生結弦がそこに居ることで「ユヅ君がいてくれて助かった。練習に集中できる。」と、正直に語った選手もいたな。
思わず笑ってしまったが、これは過酷な現象を言い当てている。
波も風ももしかすると台風並みの暴風雨がそこに吹き荒れても、羽生結弦という存在が大きな・強靭な壁になってある意味守られていた環境。
その壁が今はない。
会場の熱さ、歓喜の声、時には怪我で絶望の縁に追いやられても不死鳥の如く復活の物語を証明して見せるそんな絶対王者の残したレガシーは、時に「それが可能」であることをまるで標準化させてしまう見る側の心理も変わってしまった。
「怪我しても頑張れるよね」
「メディアに追いかけられても集中力途切れないよね」
「トップ選手なら歓喜の渦巻く会場を作り出せるよね」
「本当の絶対王者というものは、そこに立つだけで圧倒的なオーラを放つ存在だ」
無意識のうちに生まれた勝手な客側の感情も相まって…。
一時期、日本のフィギュア界を覆っている空気感は、特異な重力さえ帯びていた気がした。
喪失感というよりもっと重苦しい空気に感じた。
次世代をつくる若者たちが、技術的な部分では羽生結弦選手の成績迫るか、凌駕しているほど頑張っている。
でも会場が埋まらないとか、視聴率云々、放送界をも変えてしまった。地上波で流す尺が短いまたは、深夜帯などに放映する「目立たない競技」に代わってしまった。そんな声も聞こえてきた時期もあったが、今回のGPSと全日本フィギュアは私にはあの頃を思い出させてくれた熱気をみた(自分の中でも)。
会場には、熱心にバナーを振るお客さんが大勢いた(戻った?)。
選手が変わっても、皆さんは各選手のバナーを振っているのではないか?と私には思えるほどだった。中には、羽生結弦選手のファンがその後輩を応援するために会場を訪れていたかもしれない(これは事実ありそう)
このような話が届くたびに、やっぱり羽生結弦という人間は、もしかすると「構造」そのものが違うものかもしれないと改めて思う。
重圧も中傷も怪我の痛みさえ「燃料化」にしてしまう恐ろしい(褒めてる)魔物に近い存在、それが「羽生結弦」と、思えばよいのです。
神様が「丁寧に創られた存在」この言葉は、確かしょこたんが言ってましたね。
だから、同じものを求めてもいけないのです。
次世代をつくること。
その時のトップを走ることは、それ自体が強い風を前面に受けつづけるのだ。
それ以上の「異質な」期待はむしろ逆効果となる。
若い芽を摘むことのないように、大切に育む環境を提供したいと思った。
それは不幸と中傷を生むだけ。