「王子動物園基本構想」で動物福祉は実現できるか

​​​​​動物園の未来は見えてますか​
 
 

​​​インバウンドの力-大阪人の心・通天閣​

通天閣は大阪府大阪市浪速区の新世界中心部に建つ展望塔である。大阪の観光名所ならびにシンボルタワーとして知られる。「通天閣」とは、「天に通じる高い建物」という意味らしいが、近くにあるアベノハルカスなどの高層ビルに比べると、誠に中途半端な高さ。それがいいようだ。
通天閣は新型コロナの感染拡大を示す感染者数や病床の使用率などをもとに、警戒のレベルを緑・黄・赤の3色でライトアップした。天には通じる高さはないが大阪人の心には通じていた。
世界の観光都市を見渡してみると分かるが、地元の市民に愛されている街が観光地になっている。汚くてもきれいでも人が生き生きしている街だ。
「神戸は近代的だ!」というが....。
新開地がすたれてから、神戸にインバウンドを呼ぶ力はありますか?​​

 

 

 はじめに 

 

 久元喜造神戸市長は5月23日の定例記者会見で、「今年中に150万人を割る可能性が高い」との見通しを明らかにした。その原因として「想定を超えて出生率が減少している」(神戸新聞・24日)と説明している。神戸市の人口は2011年をピークに下降局面に入り、久元市長は2013年に初当選したがこの下降を食い止めることは出来なかった。

 明石市が子育て施策の充実で人口を増加させていることについて聞かれると、「神戸と異なり開発の余地があり、便利で地価も安い。政策はほとんど関係ない」(同新聞)と答えた。

 久元市長は就任以来、最先端産業を育成し、関連企業を神戸に集中させることで人口を増加させるという戦略を進め、子育て施策については極めて消極的な態度をとってきた。

 今後も、大阪の万博の開催、IR(カジノ)の開設に合わせたインバウンド需要を見込んで、神戸空港までの地下鉄の延伸。王子公園の再整備計画の目玉である学校法人関西学院(兵庫県西宮市)に予定どおり王子公園の土地の一部の売却を予定している。 

 神戸空港に観光客が降りても、大阪、奈良、京都への通過点となるおそれがある。当然ながら地下鉄は空港から新幹線の三宮につながると、JR三宮駅駅前開発が完了したとしても、観光客は三宮に降りることなく、新幹線で西ヘ東へとなる。

 王子公園に大学が建設されるとしても敷地面積から推定しても大した校舎は建たない。予定では3000人ほどらしい。学生が神戸に集まり、一部が卒業してからも神戸に居住し、結婚して子どもを持つまでには相当な年数がかかる。

 お隣の大阪市は2023年5月1日現在の大阪市推計人口は2,764,876人となり、令和5年4月中の大阪市の人口異動は、自然動態が1,192人減、社会動態が5,977人増であり、人口増減は前月から4,785人増となっている。この背景には「異次元」と評される手厚い子育て支援があるからであろう。

 久元神戸市長の都市成長戦略には、これまでの神戸市が進めてきた開発優先の成長戦略の継続と最先端産業の育成しかないようであり、教育・福祉支援を充実させて人口を増加させるという目的意識は無いようである。

 

 

 

​​1、天王寺動物園のにぎわいと描けぬ未来

 

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​​​天王寺公園―人間と猿の深い関係​

5月のはじめに、天王寺動物園に行きました。動物園前の広場で猿まわしが行われていた。
若い女性の猿回し師の巧みな言葉で、猿が愛嬌のある演技を見せる。中でも、人間にはまねのできない跳躍や回転技はいつ見ても感動する。
では、動物福祉の立場から見てどうか? 猿のトレーニングは厳しいと言われているが、昔のような上下関係を力づくで教え込み、芸を身につけさせるようなことはないようだ。
猿の気持ちはわからないが、芸が終わり猿回し師に抱かれている姿は安堵感が漂っていた。モンキーセンターの野性的な猿の面影はない。
人間と動物の関わり方、動物福祉とは何かを考えさせられる。​​

 

 

 

 

​​​​​天王寺動物園(地方独立行政法人)-入口は大行列​ 

天王寺動物園は1915年1月1日に開園し、2015年には開園100周年を迎えた長い歴史を持つ動物園である。
現在約11ヘクタールの園内におよそ180種1000点の動物を飼育しており、都心のオアシスとして多くの利用者で賑わっている。
園内の展示では、動物の生息地の景観を可能な限り再現したうえで、そこに暮らす動物の様子を紹介する「生態的展示」である。 
天王寺動物園は大阪市の直営であったが、2021年4月1日付けで設立された地方独立行政法人天王寺動物園に移管された。
地方独立行政法人になったことは動物にとっていいことか? 地方公共団体自身が直接経営はしないが、民間の主体に委ねてしまうと、安定的な経営は確保できない場合に、地方独立行政法人に事務・事業を担わせるというのが趣旨だが、簡単に言えば財政削減である。
そうした中、天王寺動物園は創意工夫して入園者の増加を目指して奮闘している。
動物も苦しいが職員も苦しいはずだ。​​​​

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2、動物園で病死する動物たち

 

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​​天王寺動物園-アムール虎の「風」が死んだ

「風」は2019年9月に秋田市の大森山動物園で生まれ、2021年3月に天王寺動物園に来た。
今年の1月下旬に体調不良となり、3月1日に亡くなった。
アムールトラは、トラの仲間でもっとも寒い地方(中国東北部)にすみ、虎の中ではもっとも大きいトラ。模様が美しく、大きなアムールトラは、自然破壊のために絶滅寸前となっている。現在約400頭程しか野生ではいないらしい。近年は保護活動が進み、徐々にですが、回復傾向にあるというが、外国からの輸入はワシントン条約による厳しい規制があるため困難。国内の連携動物園から譲り受けるしかないため、天王寺動物園にいつトラが登場するかはわからない。
大スターのいない動物園なのだ。​​

 

 

 

​​​王子動物園-王子動物園からライオンが消えた​

王子動物園は2022年12月30日、国内有数の長寿ライオン「サクラ」(雌24歳)が死んだと発表した。老衰だという。
発表によると、サクラは1998年、和歌山県白浜町のアドベンチャーワールドで生まれ、2000年に同園へ。20年に23歳で死んだ雄ラオとともに人気で、3頭の子を産み育てた。
ライオンの寿命は約20年とされ、同園は「ラオと同じく大往生」としている。
動物の健康管理はどこの動物園でも緊張感を持って行われているようだ。実際に、野生で生きるより長生きする動物が多い。​​

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3、 戦争と動物園-天王寺動物園の動物たち

 

 

​​天王寺動物園-戦争の犠牲になった動物たち
リタとロイドの像

お祭りのはっぴを着たチンパンジーのコンクリート像。左がリタ、右がロイドである。
天王寺動物園では、第2次大戦が始まると、戦意高揚に利用するために軍装させたり、防毒マスクをつけて防空演習に参加させたりした。
像の説明文によれば、食糧難の中で、リタは赤ちゃんを身ごもり、栄養不足のために昭和15年7月23日死産した。その翌日にはリタも死亡した。この像はリタの死を悼んで昭和15年12月26日に建てられたという。
国家主義とは人間だけでなく、動物たちをも戦争に利用し、殺していくものである。
それを学べるのも動物園なのである。​​​

 

 

 動物園の動物たちが死ぬのは病気だけではない。戦争での「猛獣殺処分」は人間の動物に対する情愛の浅はかさ、残酷さを露にする。

​ 溝井裕一関西大学教授の『動物園・その歴史と冒険』という著書の中に、「日本の動物園と戦争」についてまとめている。それによれば、日本は1937年、「満州事変」により中国への侵略を開始し、1941年、真珠湾攻撃を行い太平洋戦争に突入したが、戦局が厳しくなった1943年に東京都長官・大達茂雄が大空襲などで動物園の動物が逃亡し、都民に危害を加える恐れがあるとして、それを防止するために「殺処分」を命令したことを契機に、東京上野動物園をはじめ名古屋・東山動物園、天王寺動物園、京都動物園など主要都市の動物園で動物の「殺処分」が行われ、終戦までに全国の動物園で160頭以上の動物が「殺処分」されたとある。

 ​  さらに、天王寺動物園では第2次大戦中に、チンパンジーのロイド(勝太)とリタに軍楽隊員のまねをさせたり、防毒マスクをつけて防空演習に参加させるなど、戦意高揚に利用したとある。京都市立動物園では、市民が慣れ親しんだ動物を処分することへの怒りの鉾先を、敵国に対する憎しみに置き換えて戦争意欲、勤労意欲の高揚に利用したと指摘している。

 

 

​​4、戦争と動物園―神戸諏訪山動物園の悲劇

 

 

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​​​戦争で殺された動物たち​

『諏訪山動物園ものがたり』は、当時の動物園関係者や動物たちをこよなく愛して通い続けていた人たち(当時・子ども)を取材し、本文絵・豊田和子、文・表紙絵・立見瑛美、発行・池見宏子らによって出版された。
罪のない動物たちが人間の都合で殺されていく理不尽さがひしひしと伝わってくる。 
しかし、時代は変わっている。
ロシアの侵攻で危機状態にあったウクライナ北東部の都市・ハルキウにある動物園「フェルドマン・エコパーク」の猛獣たちは世界の動物を愛する人たちの支援を受けて危険地帯から脱出した。​​

 

 

 神戸の王子動物園の前身である諏訪山動物園も例外ではなかった。

 諏訪山動物園時代の「殺処分」の記録がないかと王子動物園の科学室図書館を訪ねた。担当者に尋ねると、まとめたものはないということでしたが、蔵書を見て回ると、その中に、絵本『諏訪山動物園ものがたり―戦時下の動物園とこどもたち』(水山産業株式会社出版部)を発見した。貸出を申し入れると、図書館の規則で借りることも、コピーすることもできないと言われた。市民との歴史の共有は必要がないようである。そこで、製作者の池見宏子さん(子どもの権利・神戸事務局長)に連絡をしたところ、池見さんは手元に保存されていた本を快く貸してくださった。 

 この絵本には、当時の軍部・憲兵隊から動物園の動物を「殺処分」せよと命令されたが、園長やこどもたちが「殺さないで」と嘆願したにもかかわらず、「軍の命令が聞けんのか」と恫喝され、止む無く1944年7月~9月に、トラ、ホッキョクグマ、チョウセンオオカミ、ライオンなど13種20匹が「殺処分」されたこと、軍部が「殺処分」の口実にした神戸大空襲(1945年)があったにもかかわらず、諏訪山動物園は空襲に遭わなかったことなどが描かれている。

 池見さんは、この絵本の発刊意図を絵本の「あとがき」の中で、「動物たちをこよなく愛した方々の『人間の都合で動物たちを犠牲にしてしまった』痛恨の思い、未来に向かって生きる子どもたちにその思いを届けることで、子どもたちも動物たちもともに安心して生きることができる『平和な社会』の実現に、少しでもつながることを心から願うものです。」と語っておられる。

 

 

​​5、市民の力で王子公園は守れるか

 

 

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​​なれ合い民主主義からの脱却

一斉地方選挙直後の5月7日(日)、王子動物園ホールにおいて、「王子公園再整備・緊急市民集会」が開催されたので参加した。主催は「王子公園・市民ミーティング」実行委員会である。大学誘致を支持・黙認する政党が市議会で議席を増やす中、折れずめげずに市民集会を開催した実行委員会に心から敬意を表したい。​​

 

 

 

​​6、神戸市は大学誘致よりも前に動物園の拡充計画を策定すべきだ

 

​​  6月1日、神戸市は学校法人関西学院(兵庫県西宮市)が大学誘致の公募に正式参加したと発表している。市によると応募は1件のみで、今月下旬にも開かれる選考委員会で承認されれば、誘致が決まる。 

 私たちは大学誘致を決定する前に、老朽化の進む王子動物園の改善と、自ら「陳腐な展示」と反省した展示方法を動物福祉の基本理念で改善することを前提として計画を策定することを下のとおり提言させていただいてきた。

 


​神戸市はインクルーシブな王子動物園をめざせ​
 
  現在の王子動物園は坂道が多く、障害者や高齢者には著しく不便な状況にある。​インクルーシブな動物園とは、「見る側」の人間と「みられる側」の動物の権利が一体的に保障された動物園のことであり、どちらか一方だけが充足しているだけでは駄目なのである。​ 
 神戸市は全国でも優れた動物園関係者および動物学者の声を聞き、「基本構想」(案)を策定したが、真面目に読むと、どこでどのように専門家の意見が具体化されているのかがわからない。「市民福祉」と「動物福祉」は一体のもの。この観点で「基本構想」を検討すると、障害者や高齢者をはじめ市民が、安全で安心して活用できる動物園とはならないこと、動物福祉を充実するための拡充された動物園の具体像が見えてこない。
 神戸市民は王子動物園を子どもや孫の代までインクルーシブな動物園として残していくために、意見や要求を整理し、必要な敷地面積や財政確保等の計画を神戸市に要望していくことが求められている。特に、展示方法を変えるためには、大規模な拡充が必要になることはいうまでもない。大学に敷地を売りとばしてしまえば敷地の限界が確定され、必要とされる拡充が困難になることが予想される。
 私たちの提案は、大学誘致計画は凍結し、「基本構想」(案)の議論を市民参加で深め、インクルーシブな動物園を実現するための計画を策定することである。

 

 

​​大スター不在?

王子動物園にはわしがいるぞ。​​

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7、動物園の未来は暗いのは確かだが​​

 

 ワシントン条約による野生生物の輸入規制、SDGsの広がりとともに、人間が森林を乱伐したり、海を汚染したり、二酸化炭素を大量放出して地球温暖化を進めることで野生生物を破滅に追い込んでいることに気づき、その反省が広がっている。野生生物を絶滅から救うことが大きな課題となるために、ライオンや虎のようなスター性の高い野生動物だけでなく、動物を檻に囲い込むことすら大きな問題となることが予想される。そうした観点からいえば、ライオンがいない、やがてパンダもいなくなる王子動物園の前途は暗い。

 しかし、人間は自然と動植物との共生がなければ、命の尊さと多様性、文化・宗教などの基層となっている自然循環の原理が理解できなくなるのだ。スター性の高い動物がいなくても成長可能な動物園は実現できるはずである。その核心となるのはインクルーシブであると考えられる。

 

 

​8、「働きたいところで働き、暮らしたいところで暮らす」​ 

 

 神戸市の人口は減少し、明石市は子育て支援制度を拡充し人口を増加させてきた。少子化は日本政府の喫緊の課題であることから明石市は日本中から注目を集めている。しかし、明石市の産業・経済が発展しているから人口が増加しているわけではなく、近隣都市のベッドタウンとして成長しているからである。

 久元神戸市長は依然として成長型都市戦略に固執しているが、仮にその目標を実現したとしても、人口が増える保証とはならない。なぜなら、安価な住宅を確保でき、子育て支援制度が充実した近隣都市があればそこに居住したい人を止めることができないからである。当然ながら、関西学院大学が開校されたからといっても学生たちが市内に住むとは限らないし、将来、神戸市内に住むとは限らないからである。

​ 久元神戸市長は都市のフェーズが大きく変化していることに気づいていないようである。それは国民意識が「働きたいところで働き、暮らしたいところで暮らす」に大きく変化していることだ。特に、コロナ禍での働き方改革は国民意識を大きく変化させているのだ。​ 

 世界が大きく変化する中で、大きく変わらなければ動物園は存続が困難となることはいうまでもない。「動物福祉」を掲げるのはいいが、檻のペンキを塗り替えるだけの「拡充」では未来は暗い。動物園は一旦、閉園すると未来は断ち切られることになる。しかし、継続していけば、どこかしこで開園できるものではないから、やがて近隣都市も含めた動物園を愛する市民のものとなる可能性は高い。

 王子動物園は神戸市に欠くことのない魅力であり、磨けばさらに輝くはずである。この魅力に気づけば、大学誘致を一旦停止し、未来に誇れる王子動物園の拡充計画を策定することが優先されるはずだ。

 

 

 

​​​家族の思い出は小さな遊園地にあるんだよ​

USJの刺激、ディズニーランドの異次元の世界もいいが、父母や祖父母の手の温もりを思い出す時に頭に浮かぶのは小さな遊園地で遊んだ思い出ではありませんか。
小さなものが消えていくことはいいことですか?​​