第25話 会社に年次有給休暇所得5日の義務付け制の背景を探る | 人事賃金制度のブログ

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 平成28年より、年収1075万円以上の高度プロフェッショナル(ホワイトカラー専任職)に対し、残業代の支払いをゼロとする制度が導入されるのを機に、社員に対し「年次有給休暇のうち年5日の取得を会社に義務付ける」ことが決定されています。

 「残業代ゼロ制度」と共に制度運用の改正を行なわれるものには、年次有給休暇年5日取得の義務付けのほかに、フレックスタイムの3ヶ月毎の遣り繰り、裁量労殿の対象職種の拡大等もありますが、反響の大きいのはやはり年次有給休暇の運用改正にあるようです。


 現行の年次有給休暇の取得ルールは、5日を超える部分を会社が計画的に給付することになっているため、社員が自由に使えるのは建前として5日と言うことになります。

 しかし計画的に給付すると言いながら、これに従わなくても罰則の無い努力義務でしかないため、会社側の年次有給休暇の計画的消化に対する姿勢が消極的で、このため取得率は平均40%程度と、先進国の中では最低と言われます。


 現行での年次有給休暇は最高で年20日間支給されますが、全企業では平均給付日数は18日程度で、その平均取得日数は8日程度と言うことです。

 従業員規模で見ますと大企業(1000人以上)は19日給付の11日消化、中期業(300人以上)は18日給付の8日取得、小企業(100人以上)は17日給付の8日取得、零細企業(30人以上)は17日給付の7日取得と、規模の大小で給付と取得に僅かながら日数差があるようです。

 年次有給休暇制度は先進国ならどの国でも採用されており、その給付と取得の日数を見ると、多いほうではフランスが給付37日で取得が35日、スペインが給付32日で取得29日、イタリアが給付32日で取得26日などとなっています。

 また少ないほうではカナダが給付20日で取得18日、オーストラリアが給付20日で取得17日、韓国が給付10で取得7日などとなっているようです。


 欧州諸国は年次有給休暇が1ヶ月近く給付され、しかも殆どを使い切っているのが特徴で、これに対し日本は給付も少なく取得も少ないと言うことで、年次有給休暇の運用が見劣りすることは明らかなようです。

 ところでアメリカには先進国で唯一年次有給休暇という制度はありませんが、勤務実績時間に対し有給休暇時間が支給され、これを日数換算すると年に17日程度の有給休暇となり、その取得は14日程度とされることから、給付日数は多いとはいえませんが、他の欧州諸国のように、ほぼ使い切っているようです。

 いずれにしても年次有給休暇に付いては、欧州諸国が給付も取得もきわめて高く、意外にアメリカやカナダは給付が少ないものの取得は高く、対する日本は給付はそこそこながら、取得の低さが際立っていると言えます。


 「働き蜂!日本」の面目躍如と言うところですが、過ってこのことが経済摩擦の一要因とされ、ワーカーホリックやエコノミックアニマルなどと揶揄されただけでなく、摩擦解消のためとして、欧米諸国から週休2日制や残業削減など、働く時間を減らすよう圧力をかけられました。

 このため1970年代から休日を増加する政策が進められ、日本人も次第に意識変化が起こり、勤労より余暇、即ち働くことより遊ぶことへ意識が変わり始め、従来の勤勉さを大切にしてきた価値観は間違いと言う人まで現れました。


 従来から日本と欧米の労働観には、哲学や宗教を背景とした根本的な違いがあると言われ、日本は仏教や儒教の思想により「勤勉」が善であり、欧米ではギリシャ思想の「労働は卑しく、呪わしい」や、キリスト教の「労働は原罪に対する償い」と言うように、労働に対する価値観が「真逆である」と言われてきました。

 ところが第2次世界大戦の敗戦後に雪崩をうって入ってきた欧米の文化の中に、こうした労働に対する価値観もあり、「働くことは卑しく呪いに満ちている」と教えられた戦後世代が増えるに従い、勤勉第一の日本人は少なくなったと言われます。

 しかし「勤勉を取るか、余暇を取るか」となると、日本人が持つ民族的DNAとして、勤勉第一が優位に働き、これが年次有給休暇の取得率の低さに現れているのかもしれません。


 有給休暇の給付日数や取得日数を国際比較したときに、日本の年次有給休暇に対する取得率の低さに付いて問題視されますが、外資系の会社の中には、逆に「日本はどうしてこんなにワークデー(勤務日)が少ないのか」という声があると言われます。

 これは日本に世界一といわれる有給の国民祝祭日と、どの会社にも夏休みや年末年始休暇があるためで、国民祝祭日は17日、夏休みや年末年始の休日は各5日程度あり、年次有給休暇の平均18日にこれらを足すと45日にもなり、確かに休日の多い国と言えるようです。

 さらにどの会社でも結婚や葬式の折には数日間の慶弔特別休暇を有給で与えられ、また永年勤続の褒賞として旅行クーポン付きの特別休暇を有給で与えるなど、諸外国と単純に比較できない休日があることを見落としてはならないようです。


 こうしたことを裏付けるものに、年間労働時間に対する調査があり、これによると世界で一番長く働くのは2950時間のアラブ首長国連邦で、次いで中東諸国、中南米諸国、東欧諸国が1900時間前後で、日本はアメリカの1790時間より短い1750時間となっていて、これは世界の21位となることから、言われるほどの働き蜂ではないようです。

 つまり「働きすぎの日本人」と言うのは、過去の高度経済成長期の時代のことで、現在は休み過ぎの日本人であるにも拘わらず、認識は1950年代から1960年代の寝食を忘れて働いた高度経済成長期のままの印象が残っているように思われます。


 残業代ゼロ制の導入により過重労働を心配する余り、年次有給休暇の取得日数を増やすことで健康や家族の団欒を促進しようという国の思い遣り政策に対し、労働側から年次有給休暇の裁量権が奪われるばかりか、休日まで規制されるのは「不当である」と指摘する意見もあります。

 また企業側からは年次有給休暇取得のは労使間の努力で改善すべきものであり、そこにまで行政が踏み込んで義務化するのは、「規制緩和の流れに逆行する」もので、かつ経営権に対する「政治の不当介入である」との指摘もあるようです。

 ホワイトカラーエグゼンプション(残業代ゼロ)政策のための懐柔策として取り沙汰される「年次有給休暇の5日取得の義務化」は、休日を確保して過労から開放すると言う目的があるようですが、これまで見てきたとおり、日本には多くの休暇制度があるため、説得力は余りないようです。


 次回は、このところ増えてきた成果主義賃金のもとで言われはじめた、労働の対価と関係の無い「家族手当」や「住宅手当」の打ち切りの問題の実態を探ります。


人事賃金コンサルタント 上田松雲