第21話 改正か廃止かを巡り落としどころが見えない労働者派遣法を探る | 人事賃金制度のブログ

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 1870年代の明治以来、働き口を紹介する「口入れ屋」は人身売買になるとして、建前上は禁止されていましたが、実際は「人貸し」や「人足貸し」などの業者が「もぐり営業」していたようです。
 時代が100年進んで1970年代になると、アメリカの人材派遣サービスがビジネスとして持込まれましたが、人材派遣事業が認められていなかったことから、「名ばかり請負(偽装請負)」の形式で事務スタッフなどの人材派遣が、半ば公然と行なわれるようになりました。
 そうした実情を踏まえて産業界が政府に働きかけ、やがて国会も実態を追認するように法制化したことで、瞬く間に人材派遣市場が形成され、多くの異業種企業も競って人材派遣ビジネスに参入しました。
 合法化された当初は、派遣される労働者の人権保護を目的に、色々な規制がかけられましたが、1999年から段階的に規制緩和が行なわれていきました。
 特にこれまで禁止されていた製造業の労働者派遣の解禁と、紹介予定派遣に付いても認められるようになり、一気に派遣労働者が就労者の一翼を担うまでになり、現在では全就労者の10%前後までに成長しました。

 少し詳しく歴史を追ってみますと、労働者派遣は江戸時代の「手配師」や「口入れ屋」が発祥で、現在のような官制の職業安定所の無かった時代であったため、こうした民間の職業紹介所で仕事の口を頼むと、雇い先を見つけてくれました。
 従って当時の経済活動には不可欠なサービス事業として、仕事先を探す町民にとっては、手軽に利用できることから随分と重宝されていたようです。
 ただ反面、紹介するとそれなりの謝礼を要求されるだけでなく、子供を浚って売り飛ばすとか、生娘を買取り遊郭に女郎として売る女衒など、阿漕で悪辣な業者が跋扈し、その悲惨さのために社会不安を招いたとも言われます。
 やがて明治に入って、人材を斡旋する事業は、時には人身売買に繋がるなど、人権を蹂躙することから、職業安定法により禁止となり、代わって官制の職業安定所が設置されました。

 しかし相変わらず潜りの民間業者が存在し続けていて、本来なら摘発されて消滅するはずですが、20世紀も後半に至って、国全体の民度が高まり、社会の公序良俗意識が向上し、治安や秩序が安定してきたことから、過ってあった反社会的な業者は無くなりました。
 また働く側にも仕事に対する価値観が多様化し、定職に就かず生活を優先的に考え、旅行などの資金を手っ取り早く手にするために、進んで派遣労働を求める時代に入りました。
 つまりは自分で働き口を探すことよりも、自分に代わって働き口を探してくれるサービスに期待する人が増え、人材派遣という事業を容認する素地が出来上がっていきました。
 それを追従したのが1985年の労働者派遣法で、派遣が出来る業種(ポジティブリスト)として26業種が指定されました。
 その後、産業界から規制緩和に対する強い要請から1999年に派遣できない業種(ネガティブリスト)として港湾役務や建設作業等が指定され、それ以外の業種で派遣労働が出来るようになり、産業界待望の製造現場への派遣労働が認められました。

 この緩和により派遣労働者は30万人から140万人に急増し、働き手として大きな存在になりましたが、影の部分が指摘されるようになりました。
 それは派遣労働者が「雇い止め」に遭うなど、身分的に不安定である上に、給与面が同じ仕事をする正規社員に比べてかなり低額で冷遇されていると言った、いわゆる格差問題の象徴として捉えられることです。
 こうしたことを受けて、これまで受け入れ期間が専門業務は無期限、一般業務は最長3年に改正し、違反した場合は「直接雇用をしたと看做す」としました。
 しかし業務により契約期間に差を設けることにも批判があるため、全ての業務で3年後に別の職場に移れば、辞めずに同じ派遣先で勤めることが出来るようにすると言うのが、2013年から国会で審議されている改正案となっています。
 ところが改正法案の法文ミスや、改正案では派遣労働の固定化に繋がるとする野党の抵抗で国会が会期切れとなるなど、過去2回廃案になり、3度目の正直とばかり与党は2015年の国会での通過を試みますが、成立するかどうかは不透明なようです.

 これほどまでに労働者派遣制度が世間の耳目を集めるのは、派遣労働者を女工哀史風に取り扱うことが正義であるように思う一部世論と、それを政争の具にする一部野党がいるためで、多くの派遣労働者の意図とは異なるようです。
 労働者派遣に対する批判を取り纏めると、次のようになるようです。
 1つ目は、派遣業者が労働者を奴隷のように扱い、派遣先から受け取る派遣料から法外なピン撥ねをしているというものです。
 2つ目は、派遣社員が安易に調達されるために、正規社員の就業の機会が奪われていると言うものです。
 3つ目は、製造現場における派遣社員が認められるようになり、派遣業者間の競争が激化したことによる派遣料の低下から、派遣労働者の給料が下げられワーキングプアを生み出されていると言うものです。
 4つ目は、派遣先の企業では派遣労働者に対しても、正規社員と同じノルマや責任を課すなどの違法な働かせ方をしていると言うものです。

 批判はあっても、市場原理に基づく自由競争の下で、雇う側と働く側との関係も自由であるべきとの立場に立てば、不法行為や違法行為が無い限りにおいて人材派遣を不正義と決め付けることは行き過ぎであり、過度な派遣労働の規制は経済の活力を削ぐことになると思われます。

 次回はアベノミクスの第3の矢の民間企業の協賛イベントと言われる「ベースアップと定期昇給」に付いて、その実態を探ってみることにします。

人事賃金コンサルタント 上田松雲