第17話 日本の人事賃金制度の周辺にある諸課題を探る | 人事賃金制度のブログ

人事賃金制度のブログ

日本企業の人事賃金制度の行方を話し合ってみませんか。

 前回までのシリーズは「ガラパゴスと言われる日本の人事賃金制度を解き明かす」をテーマとしましたが、今回のシリーズは「変貌する日本の人事賃金制度の周辺を探る」をテーマに論述したいと思います。

 現代の日本の人事賃金制度は、1990年代の失われた20年がもたらした「自己収縮するデフレ経済」と「自己膨張するグローバル経済」のなかで、葛藤しながら生まれた「日本型の人間尊重の能力主義」から「欧米型の仕事尊重の成果主義」への移行と言う流れの中にあるようです。

 しかし、日本の人事賃金制度は、外圧と言えるこうした変化だけでなく、日本の産業社会を取り巻く環境も激変しており、この自己矛盾に対する自己変革も迫られていています。


 その主なものを探ると、以下の項目になるようです。


 1つ目は、社員の身分が多様に細分化しつつ、従来の正規社員偏重の人事賃金制度だけでは社員の一部しかカバーできず、従って正規社員の人事賃金制度を以って、これが日本の人事賃金制度と決め付けるこが出来なくなっているということです。

 厚生労働省の「2013年版国民生活基礎調査」によると、正規社員と非正規社員との比率は、男性で79%対21%、女性で42%対58%となっています。

 正規社員比率に若低老高の年代による差はありますが、どの年代も年々、非正規社員比率が増加していて、これを企業側の都合による雇用格差の問題のようにいわれていますが、必ずしもそうではなく、働く側の都合が就業の多様化に向かっていると言えます。

 このことから「正規社員は是」で「非正規社員は非」と決め付け、非正規社員を社会悪として否定することは、むしろ時代の流れに竿をさすことになるようです。


 2つ目は、急速に進む少子高齢化の中において、女性社員に対する出産や育児、さらに深刻さを増している介護に対する休暇と言った措置が、男性社員に対しても法的強制力をもって、適用強化が促進されていることです。

 これによって不足する労働時間と複雑化する勤務体系とどう折り合いをつけるかは、会社にとって脇道問題から本道問題になっていることです。

 また「仕事をすること」と「生活すること」を分けて捉えてきた日本社会においても、最近では仕事と生活を同一化させて、育児施設を設ける会社も増えてきています。

 こうしたコストはアメリカで言われているトータル・コンベンション、即ち賃金の一部として捉えざるをえない時代となってきていて、月例給与・賞与・退職金に加えて、法定福利費も含め福利厚生費も重要な管理アイテムになっています。


 3つ目は、人事賃金制度のグローバル化問題と言えば、海外に生産拠点を移した会社が、現地雇用の働き手への人事賃金制度上の対応をさす場合が多いようですが、お膝元の日本においても少子高齢化のため、働き手を海外からの人材に頼らざるを得ない事態に直面しています。

 日本に働き手として送り込んでくる国は、低開発国や発展途上国が多いことから、これらの働き手の待遇や処遇はかなり劣位に置かれがちですが、これが日本人との人事賃金上の格差問題となり、特に賃金において「同一労働同一賃金」を要求される時期が近いということです。

 もしそれが現実となれば、海外での現地人との格差問題に加えて、国内の海外からの出稼ぎ労働者に対する格差問題が現実味を帯びてくると言うことです。


 4つ目は、非正規社員が圧倒的な厚みを占める定年後の継続雇用社員の待遇や処遇で、現在この年代の非正規社員比率は、男性が68%、女性が80%と言われます。

 やがて定年後の高齢者が社員の過半を占めると予想されていることを考えると、その時には正規社員を中心にした人事賃金制度は、全社員の半分もカバーできないと言う偏ったものになっていくと言うことになります。

 これまでの高齢化社会の概念に纏わりついてきた「高齢者イコール非生産的存在」という偏見を持って対処するのではなく、プロダクティブ・エイジング、即ち生産的年代として、これまで培った高スキルや貴重な経験を駆使し、会社に貢献してもらう新しい働き手の大群としてみていく必要があります。


 5つ目は、個人の生き方が変化して社員の離職理由が、勤め先の経営上の都合と言うより、自己のライフワーク上の都合による場合が多くなっていることです。

 厚生労働省の「2011年版新規学卒者の入社後3年以内の離職状況」によると、中卒は65%、高卒は40%、短卒は41%、そして大卒は32%となっています。

 大卒であっても入社後3年の間に3分の1が離職する時代になって、生涯同じ会社に席を置く社員は、恐らく極僅かとなっていくことが予想されます。

 こうしたことは既に多くの会社が実感していることとですが、相変わらず新卒採用に拘っているのは、一種の依存症に近いものかもしれません。

 このことを先取りするなら、中途社員の採用に新しい戦略を生み出すと共に、社員が40代となった時点で、その後の人生設計に手を貸し、退職後の進路に付いて積極的な支援をすることも必要になってきます。

 定年まで在籍することを前提にした人事賃金制度は、こうしたこへの呪縛となることが予想されます。


 6つ目は、内外の変化に対し保守的な社員個人が意識を変えることで、これが一番難しいと言われます。

 「同一労働同一賃金」について、「総論賛成、各論反対」の自己の利害に拘る限り、人事賃金のガラパゴス島から開放されないことになります。

「同一労働同一賃金」は国際労働機構(ILO)の憲章で謳われているもので、世界が目指すべき原則として採択されました。

 アメリカでは同一労働同一賃金はペイ・エクイティと表現され、1980年代の労働運動を通して「職務賃金制」が確立していきました。

 欧州では1980年代から、産業別にフルタイム労働者の賃金テーブルを、パートタイム労働者に時間比例で適用することになりました。

 これに対し日本では、労働基準法において国籍や信条、性別での格差を設けることは禁止していますが、学歴や勤続や雇用形態で格差をつけることは禁止されていません。

 こうしたことから正規や非正規といった雇用形態による格差が取り沙汰されることになりますが、批判は非正規社員の側から起こるだけで、正規社員側は格差は居心地がよく、更には既得権益を守るため口をつぐんでいる節があります。

 既得権益を捨てることは容易でないにしても、非正規社員を正規社員に近づけて格差をなくすことはできることから、今後はその方向に動くものと思います。


 周辺の諸課題は、まだまだ多くあり、今後も機会あるごとに見ていくことにしますが、次回は「労働の対価を時間とするか成果とするか」の論争の真相を探ることにします。


人事賃金コンサルタント 上田松雲