学校法人側での自身の進退について悩み、コーチングを受け始めて早2ヶ月。
自分の中で「答え」に辿り着き、それを言語化する時が来ました。
結論、僕は人生において自分なりの「作品を残す」というテーマで生きたい。
自分だからこそ作れた作品を事業という形で表現していく。
根幹にあるのは、自分の哲学・アートであり、美醜の感覚だ。
ただ、そのアートをサイエンスとを融合させることによって
単なるアーティストではなく「西洋と東洋の融合ができる起業家」という形で。
僕は引き続き、オーケストラで指揮を振っている。
いろんな演奏者が集まる。その演奏者たちがより美しく演奏を奏でる楽器は何か?それをプロデュースする。
それを続けていると、仲間がどんどん集まっていく。
仲間が集まると、より演奏できる幅が広がり、より美しい演奏となる。
時に自分だってピアノを弾く。プレイヤーに戻る時だってある。たまには弾かせろって。
そういうステージを作っていく。観客はどんどん増えるばかりだ。
別の顔として、コンサートホールのオーナーにもなっている。
オーナーでありながら、現役で指揮を振っているわけだ。
オーナーとしての顔は、資本家としての顔だ。
資本家として、さまざまな若手演奏家の支援もしていて
自分はすでに資本家として成功しているから、些細のPLなんて気にしないこともある。
それはかつて強いPLで勝負していたらこそ、起業家として成功したからこそ
資本家として、より長く、より熟成を大事にするような戦い方ができるわけだ。
営業利益2-3%のビジネスだって、それが社会のためになるなら、受け入れられる。
昔の自分ならやれなかった。でも、未来の自分ならそれができる。
その余裕と、その価値を信じられるからだ。
僕は僕のために、作品を残すために生きていく。
それが僕がやりたいことであり、誰からも否定されない絶対領域だ。
個人として、大切な家族や仲間を助けることもする。
それは時に、さまざまな形で助けることになる。
企業の顧問として関わるようなものもあれば、実際のビジネスとしての支援もある。
あるいは相談相手という顔もあれば、時に人を紹介すること、お金で解決することもある
責務でそうせなばいけないのではなく、そうしたいから、そうするのだ。
昨日今日、京都で信頼できるビジネスパートナーと贅沢に過ごし、色々なことを語り合った。
朝起きた時には、宿泊先の日本庭園は雪だった。京都という街が好きだ。
人生は自分次第だと思う。自分がどちらの側に立つか、自分がどちらを選択するか。
自分の才能を信じたい。僕は僕を信じられている。
能力への信頼だけではない。心の素養、頭の才能もだ。
より豊かに、今を、生きたい。命を燃やして生きる。
たくさんの知らないこと、知らない世界を見たい、知りたい。
今日も、そんな1日に感謝をして、過ごす。