こんにちは、ジンです。
この入院生活で、思いがけず「自分の原点」に触れるような時間がありました。
少し個人的な話になりますが、よかったら最後まで読んでくださいね。
自宅兼理容室だったあの頃
僕の実家は、自宅の1階が理容室という昔ながらのスタイルでした。
父も母も仕事で忙しく、同じ屋根の下にいながら、家族全員が揃う時間って少なかったように思います。
7つ上の姉がいるんですが、ある日ふと、学生時代の話をしてくれたことがあります。
姉がが中学3年生、僕が小学校2年か3年の頃。
姉は夕方帰宅してすぐに寝て、夜中の0時に起きて受験勉強。
朝までそのまま勉強して学校へ行くという独特なスタイル。
一方で、両親は夜の社交ダンスの講師として活動し、19時から21時はレッスン、その後はスナックで生徒さんと踊って、帰宅は夜中0時。
つまり…僕は、8歳の頃、誰もいない家で夜を過ごすことが多かったわけです。
親からすれば、同じ場所で仕事しているんだから寂しくないでしょ?
何かあればお姉ちゃんがいるから大丈夫でしょ?
それは親の言い分であって、僕はめちゃくちゃ寂しかったんですよ!
「さみしい」が僕の原点だった
今振り返ってみると、当時の僕は「さみしくて仕方がなかった」んです。
誰かに「一緒に遊ぼう」「こっちおいで」って言ってもらえるのを、ただただ待っているような子どもでした。
自分から輪に入っていくのが苦手。周囲の気をひくために悪戯をしたり、おちゃらけてみたり。
引っ込み思案な性格とは逆に目立つような行動をする。
相反する性格が混じり合う面倒臭いタイプです(笑)
寂しい。でも、誰かと一緒にいたい。
そんな僕の“原体験”が、今の僕の価値観をつくっているのかもしれません。
居場所をつくることが、自分の役目
だからこそ、僕は「居場所をつくる」ということにとても強いこだわりがあります。
職場でも、町会でも、お店でも、家庭でも。

誰かが「ここは自分の居場所だ」と感じられるようにしたい。
最近、アメブロやXで交流している「はるさん 」の姿を見て、そんな思いがより一層強くなりました。
そして自分の人生を振り返ることも出来た。毎日すごく刺激をいただいています。
お子様にまっすぐ向き合って、夢に向かってコツコツ進んでいるその姿に、自然と心が動いたんですよね。
頑張っている人を応援したい——
もっとできることないかな?って。
でも、僕の場合はもっと奥深く、
「誰かに寄り添いたい」という気持ちがあるんです。
ボランティア活動も30年続けて、一区切り。
この気持ちは伊達じゃない。
人からどう思われようとね。僕はそんな人間なんですよ。
恨みはない。むしろ感謝しています。
こういう話をすると「ご両親のこと、恨んでるの?」と聞かれることもあります。
でも、まったくそんなことはありません。今ではね。
何年もの間自分自身の心と向き合ってきました。
正直な気持ち、恨んでいる時期もたくさんありましたし、これが当たり前だと思い込んでいましたので、自分はこんなに寂しかったんだって気づけた時は涙が止まりませんでした。
両親には感謝しかありません。
母の急死で命はいつか途絶えると学び、父の姿を見て人生を学んだ気がします。
喧嘩が絶えなかった父ですが最期までしっかり看取ることができましたし、心残りもありません。
むしろ、両親が必死に働いていた背中を見てきたからこそ、今の僕があると思っています。
地域もまた、僕の「居場所」
入院生活もあと少しで終わり。
退院したら、町会の活動がまた始まります。
今回は他の役員さんにお願いしましたが、あそこも僕にとって大切な“居場所”。
仕事もプライベートも、誰かとのつながりがあって、自分が安心していられる場所がある。
それってとても幸せなことですよね。
最後に。
あなたにとっての「居場所」は、どこですか?
誰かにとっての居場所をつくれる人間になれるように、
これからも、日々を丁寧に生きていきたいなと感じた、そんな3泊4日の入院生活でした。
今日も読んでくれてありがとうございました☺️