【追悼】メイセイオペラ、韓国で死す・・・夢と感動をありがとう。。。(その3) | 暫定・綴れば愉快だ宇都宮 熱視線blog(旧・せんだい熱視線 ジミ都市blog)

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その2の続きです。

明け5歳、東京競馬場フェブラリーステークス(GⅠ)。1999(平成11)年1月31日、あの時の僕の本心はと言うと・・・

勝てるとは断言出来ないが、勝ち負けにはなる。

(※当日のレーシングプログラム

顔なじみの馬仲間、競馬組合の職員、馬主さん御一行、在盛のマスコミ等が集結。僕はゴール前で見ていたが、最後にオペラが抜け出し、他の15頭を引き連れてゴールした時は、興奮で声が出なかった。

やった~!!やった~!!

(※自分の部屋に今も飾っているレースパネル

万歳三唱!?・・・知らない人とも抱き合った気がする・・・。遂に地方競馬所属馬が、JRAのGⅠを制覇し、府中の地でイサオコールがこだました。感動のあまり、涙が頬をつたう。。。

単なるファンにもオープンな馬主さん達のご好意で、仲間達と祝勝会に参加。皆で喜びを分かち合い、次はドバイワールドカップ遠征だと、夢が広がる話で盛り上がったのを昨日のように記憶している。

翌日、出社前に全スポーツ紙を購入。どれもが彼の偉業を称える記事、昼休みには会社の近くにある岩手日報東京支社へ、今朝の朝刊を買いに走り、夜帰宅後に新聞を読みふけり感動に浸った。(録画したフェブラリーのレース映像を寝る前まで100回程見たもんね)


(※上3つは岩手日報朝刊、下はスポーツ紙を代表してサンスポ

結局、海外遠征は自重し、毎度のテンコートレセン(福島)で休養、岩手凱旋は5月の水沢・シアンモア記念。パドックが激混み、注目度高いのに、ナゼかゼッケンは馬名入りを使用せず・・・(苦笑)。レースは普通に走って圧勝!そりゃそうだ。。。

6月、大井・帝王賞(GⅠ)。無敵の状態であり、パドックでも馬体万全なのが分かるから、安心して見ていられた。ライバルのアブクマポーロはリタイヤ、もちろん圧勝!このまま独壇場かなと思ったが。。。

(※翌日のサンスポ。2着は舛添要一氏所有のサプライズパワー

8月、盛岡・みちのく大賞典。圧勝ムードだったが、バンチャンプにシブトク粘られ、最後は突き離したものの、見ていて秋以降に不安を残すものに。。。

連覇を狙った南部杯(GⅠ)は脚部を痛めて回避、11月、盛岡・北上川大賞典で復帰したが、同じくバンチャンプに粘られ、以前のような爆発力が影を潜め、疲れが取れていない印象が。。。

年末の東京大賞典(GⅠ)は帰省の都合で行けず、携帯で実況を聴いていたが、ダントツの1番人気を裏切り、11着と惨敗。悪い意味で不安が的中した。

明け6歳、連覇を狙って復活の舞台に選んだ東京・フェブラリーステークス(GⅠ)。応援の意味で、厩務員の柴田君が着ているオペラポンチョを買い求め、着用して競馬場へ。

何とか復活をと願ったが、ゴール200m前では連覇するかの勢いも、後方から伸びてきた馬達に交わされ0.1秒差4着。しかし、ハイペースで先行馬が失速する中、粘ったのは彼だけ一番強い競馬をしたのはオペラだったと思ふ。

5月、盛岡・あすなろ賞
パドックで見ると凄味を感じない印象を受けた。地元馬相手に、やっとこ勝つには勝ったが、もしかしたら全国区では厳しいかなと思うようになったのが、このレース。

6月、大井・帝王賞(GⅠ)。連覇するか1番人気に支持されたが、パドックで全盛期の姿は無かった。底力に期待したが、結果は14着と惨敗。海外遠征どころか再びGⅠ優勝も絶望的に思えた。


8月、盛岡・みちのく大賞典。この年では最もパドックの気配が良かった。レースは9馬身差圧勝の彼らしい内容。もしかしたら復活宣言!?と受け取ったが、故障が発生したため、結果的にこのレースが最後になってしまった。。。

10月の南部杯(GⅠ)を回避、どうしたものかと思っていたが、現役引退が発表され、11月に盛岡競馬場引退式を行うとの事。とうとうオペラの時代にピリオド・・・。

※つづく