2月5日午前8時45分

たくは、私が三回、注射器で

少しずつお水を飲ませ、ゴクンゴクンと飲み、最後にむせた感じのせきを三回して、亡くなりました。
遠退いていく心臓の鼓動を今も覚えています。
一生懸命、さすりながら、たく、たくって、呼び掛けながら。
あれでも、まだ、動くんじゃないかと。ショボーン
細くなった身体、持ち上げても動かない首。
力がない身体、くにゃくにゃなたくちゃん。
さっき、だんなが手を握って、
頑張れよ!って、出掛けたばかりでした。
だんなにメール、
たくが死んだ。

どんなに驚いたことでしょう。
旦那はたくが、生き甲斐でしたから。
その夜、ドライアイスと花を持って帰ってきて、硬くなったたくを大事そうに抱いていました。

他の子達に次々お別れをさせました。
娘には、メールで、5日お通夜、6日葬儀
と知らせたそうです。
6日、朝、9時半に前日、予約しておいた火葬場へ運び、たくは荼毘に付しました。
遺骨は残しませんでした。

きっと、きっと、天国へいってます。
きっと、割りきったつもりの私達ですが、一緒に過ごした15年と半年はそう簡単に忘れることはできません。
毎日、一緒だったからいるのが当たり前でした。
亡くなる前日4日の午前中までは変わらない生活でした。
ご飯完食、薬も飲み、インスリンもブチって打ち。
お昼に様子を見に帰った時は、もう、異変が起きてました。
右耳が液体で濡れ、皮膚もピンク色、朝のフードを戻し、えずいても何も出ず。外に連れていっても、歩かず、不安なまま、また、職場へ戻り、夕方帰宅したときは、うずくまってました。
そのままよこにして、時たま、苦しそうになく状態が、続き、一晩中、二人でたくを挟んでさすったり、苦しむ度に、脱糞するので、その処理をしたり、水を飲ませたり。でも、飲んだ分を吐いてしまうのが続きました。こんな状態でたくは、あっという間に旅立ちました。
たくは、とてもよい子でした。
吠えないし、夜泣きもしなかったし。
でも、わたしのメガネ、化粧品はよく破壊されて、わたしは呆然でした。笑い泣き
たく、たく、たく、
きっと、また、帰ってくるよね!