日本内蒙古経済文化交流協会 -14ページ目

日本内蒙古経済文化交流協会

日本内蒙古経済文化交流協会のブログとは、在日内蒙古人により発起し、日本の皆さんに内蒙古という地域の文化、民族風習を紹介する。在日内蒙古の人たちの活動、帰国後の活動を紹介したりするブログです。

中国経済界の大物が、11月22日に陝西省内蒙古商会の招聘を受けて、中国の権威ある古都ー西安に集まり、2017年の経済動向を解析し、語りあげました。

 

今回招聘を受けた大物は、経済界の大家、ブランド作り大師、金融界大家によるフォーラムです。

フォーラムに参加された陝西省内蒙古商会の企業家、西安の企業家で500人以上。

 

中国商邦研究院院長、呼和浩特工商連:李岳清主席

 

中国発展改革委員会中国経済導報新聞社:王平生社長

 

 

中国ブランド作り第一人者:李光斗先生

 

中国国家発展改革委員会発展網:盧必成副総裁

 

中国銀行名誉委員会主席、中小企業商業協会会長、蒙商協作委員会主任、包商銀行:李鎮西董事長

 

華而誠博士 包商銀行首席経済学者 元中国銀行高官

 

馬瑞光会長 広東省内蒙古商会会長 中国チェイン経営研究院院長

 

日本内蒙古経済文化交流協会 烏日金会長

 

浙江省内蒙古商会 郭万惠会長

 

陝西省内蒙古商会会長 中国優秀経営者リーダー 中国十大ブランド企業董事長 韓玲会長

 

中国新媒体業界連合副会長兼秘書長 世界物連網大会組織委員会 韓雄亮会長

 

正和島陜西島執行主席 閻占和社長

 

陜西ホテル用品業界協会 王勤会長

 

西安冠潤実業有限公司 馬占林董事長

 

中国獅子連合会陜西会員管理委員会 劉小琴会長

 

陝西省女性企業協会 何玉輝会長

 

西安電子商務協会 趙其森会長

 

内蒙古呼和浩特市工商連会員処 託亜処長

 

他にも、大勢の陝西省企業家、内蒙古企業家、中国各地からの企業家が500人以上集まりました。非常に立派な盛会でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フォラームは、お昼から始め、専門家による講演会、専門家対談。夕飯後にさらに少人数の懇親会があり、夜中12時過ぎまで情熱な交流が行なっておりました。

 

中国商邦:

商邦とは、トップ企業家たちのグループの会です。2016年10月に北京釣魚台に設立された中国経営者グループトップの会です。

 

今回のフォーラムは、陝西省内蒙古商会一行の御熱意により中国商邦から経済界、経営会のトップを招き、行なったものです。

本日、別件で上海に来る用があり、11月8日11:30に上海についた後に、上海内蒙古商会の方々と会っていました。

 

夜は、上海内蒙古商会のメンバー、日本とさまざまな取引をしている社長たちと会いましょう。20数人が集まりました。

 

ビジネスマンは、まずネットワークを作らないと、ビジネスも大きく、長くできません。近年、中国の経済の発展に伴って、各地で商会のブームが始まっています。商会の繋がりが非常に大きな可能性を潜んでおり、無限な可能が期待されています。内蒙古商会だと、共通するテーマは、世界中の色々なところにいて、内蒙古というキーワードで繋がります。しかも、すぐに非常に信頼できる強い関係が作られるのです。

 

今、日本に一万四千以上の内蒙古出身者がいると言われています。それぞくみなさんが努力して、日本の方々と素晴らしい関係を持っています。さらに、我々日本内蒙古経済文化交流協会(日本内蒙古商会)が世界中の内蒙古人を繋がり、今後、きっといろいろなビジネスの展開、成果を成し遂げていけると思います。

 

本日は、上海内蒙古商会の陳創立会長、鄭会長、方秘書長、及び上海内蒙古商会のみなさんとみなさんと非常に愉快なひと時を過ごし、非常に有意義な接触ができます。さらに、内蒙古在日本ビジネスマンにさまざまなビジネスのチャンスを築くことができ、収穫満載です。

 

 

 

 

チ・ボラグ大師(斉宝力高大師)人生の背景

 

話は、1944年からします。1944年旧暦2月2日モンゴルホルチン草原に一人の活仏さまが誕生しました。その方は、チンギスハンの長男ジョチ(朮赤)の末裔でチ・ボラグ大師でした。莫力廟という有名なお寺で第五代活仏さまとして即位されました。

 

活仏とは、仏・菩薩聖僧などの転生者と考えられている高僧であります。活仏の転来は、それなりの使命があって、世に来られるのです。

 

1949年に東北革命により莫力廟が破壊され、チ・ボラグ先生が実家に戻り、大好きな音楽で村の民間の方々から色々教わっていました。

音楽の道へ

 

1958年内蒙古実験劇団に選ばれて、当時のチ・ボラグ先生は、小学校を卒業したばかりです。入団後、本格的な音楽の道に歩むことができました。

 

その時は、馬頭琴のできる人は、非常に少ななく、馬頭琴の普及も、教育も非常に大変な時期でした。

 

以前の馬頭琴の骨組みに張ったのは、馬の皮でした。ご承知のように、馬は、モンゴル人の大事な友人です。簡単に馬を殺したりすることも不可能です。などの事由で、まず、馬頭琴の量産は、不可能です。馬頭琴を演奏できる人も非常に少なかったのです。

 

馬頭琴の革命

 

チ・ボラグ先生は、普段の仕事の合間に、どのように馬頭琴を普及し、モンゴル文化を広げることに一生懸命に考えたりしていました。そこで大きなヒントになったのは、洋楽器のバイオリンでした。

 

バイオリンの構造をよく研究し、動物の皮を利用している部分を木にし、弦をナイロンに変えてみました。その過程の中で、相当の失敗をし、たくさんの苦労を重ねて、現在の馬頭琴が誕生したのです。

 

つまり、モンゴル人の伝統文化:馬頭琴文化の転換期を作った方です。大きな革命です。もしこの革命がなかったら、いまだに馬頭琴が普及出来ていなく、ひどく言えば、博物館にしか見られないこととなっている危機もあるものでした。一大革命により、モンゴル伝統文化の継承ができ、モンゴル文化を更に世界に広げることもできたのです。

 

馬頭琴文化の伝承

 

チ・ボラグ先生の改革により、馬頭琴の量産もできるようになりました。1974年にチ・ボラグ先生により、モンゴル文化史上初めての「馬頭琴演奏法」という教材を出版されました。

 

このようにチ・ボラグ先生の努力の結果により、馬頭琴を演奏できる弟子がたくさん生まれました。

 

1986年人類史上で初めて馬頭琴演奏隊が結成されました。その名は、野馬馬頭琴楽隊でした。そして1988年にモンゴル国で野馬馬頭琴楽隊の演奏会があり、1993年大阪で国際音楽大会で特別一等賞を獲得し、馬頭琴文化を世界への第一歩もチ・ボラグ先生により、踏み出したのです。

 

大師の弟子が天下に開花

 

チ・ボラグ先生の革命で弟子もたくさん生まれました。中国国内は、もちろん、海外で色々活躍している方も数が知れないいます。今現在日本にだけ100人以上は、馬頭琴演奏者がいます。

 

大師の足跡

 

1997年横浜で行われた国際平和文化音楽祭で国際音楽平和賞を受賞

2001年「万馬のとどろき」は、ギネス世界記録を獲得し、世界ギネス大全に収録され

2005年世界の最高峰Goldener Saal Wiener Musikvereinsにて演奏会

2007年中国国家文連、中国文化部から人間国宝に認定され、文明伝承大師という称号を授与された

2008年北京オリンピック開幕曲に120人の馬頭琴チームを率いて行われた。

2015年に「中華文化人物」の称号を授与された

 

 

大師の功績

 

チ・ボラグ大師の功績は、言葉では、表現できないぐらい非常に大きいです。

 

1、モンゴル文化の伝承

この功績は、モンゴル文化に偉大なる貢献です。危機に面している文化を救い、更に普及させたことです。単なる馬頭琴という楽器の改造改良だけではなく、教育用の教材を始め、人材育成など一連の文化育成システムまで確立したのです。

 

2、モンゴル文化の展開

モンゴル文化の伝承により、更にモンゴル文化を世界に広げることをされました。モンゴル人の先祖チンギスハンは、素晴らしい人格と知恵により、地球の半分を制覇しました。その後、今、チンギスハンの長男の末裔によりモンゴル文化を再度世界に広げて、モンゴル文化の地位を確立されました。

 

中国政府から大師という称号を賦与されました。我々日本内蒙古経済文化交流協会からは、モンゴル文化の大ハンと呼びたいです。モンゴルの文化を宣伝、展開されている大先輩で、先駆者でもあります。我々の大リーダーのため、このように呼びたいです。

 

2008年チ・ボラグ大師が北京オリンピック開幕式の演奏

 

http://v.qq.com/x/page/z0319fjw1eh.html

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

日本内蒙古経済文化交流協会・日本内蒙古商会

FaceBook

https://www.facebook.com/jimeca.net/

 

FaceBookグループ

https://www.facebook.com/groups/jimeca/