中心市街地が疲弊している。
というのはもう何年も前から言われていることである。


それはもうほとんど悲痛なさけびにも近くなっている。
あの、シャッターが閉まりきった光景は、本当に、薄ら寒い。


一体どうすればいいのであろうか?


それはどう、生産を作り出すか。
この一点にかかっていると思う。


中心市街地の経営である。


生み出す、生み出す、生み出す。



店を開けばとにかく人が来た時代は終わった。


何もしなくても人が物を買い求めてきてくれる、
そんな夢みたいな成功体験は忘れるべきなのである。


ただ、テナントを貸す。ではない、
何かを生み出す。


そんな気概が必要である。


そこで建築は何が出来るのだろうか…





ほぼで落ちになりますが、
ようは告白までが大事というわけです。


昔、実況パワフルプロ野球っていうコナミという
会社がだした(今も出していますが)野球ゲームがありました。


その中にプロ野球選手を育成するコーナーがあるのですが、
そこでは彼女を作ることも出来たのです。
(彼女は誕生日にすごいパワーアップアイテムをくれる)


そこで大事なのは、評価ポイントを稼ぐこと。
練習をサボって涙ぐましいまでに彼女に電話して
海や公園や、街にデートに誘って彼女の自分への評価をひたすら上げるのです。


そして評価が貯まった頃合いをみて告白。
評価が一定以上なら付き合うことが出来彼女が出来る。


告白なんてただの儀式。
それまで大事。
(急に閉めたのはめんどくさくなったからです。)
つづき。


なにかを達成する方が、実は簡単なのである。


コミュニケーションを取ることは難しい。


それを避けて達成による迂回した関係性の構築。



しかしこれは漫画において絶大的に面白い。
私は大好きである。


しかしリアルでこれをやると間違いなく死ぬ。


当たり前だ。
なぜか。



答え
よく知らない男から告白されても嬉しくない。
というか気持ち悪い(*ただしイケメンは除く)


あぁなんて身もふたもない現実なんでしょうか。



漫画規範とすることは悪いことではないけど、
現実トライアンドエラーして修正することの方が
世の中は大事なのですよ。


という毒にも薬にもというか劇薬にしかならない
少年には大変苦いお話でした。
少年漫画の弊害について語ろうと思う。


少年漫画において告白というものは
一つのクライマックスシーンである。



その告白主は全身全霊を書けてヒロインに告白をする。

いや、その告白の前に彼は壮大な冒険を達成し、
その勢いにかまけて告白が行われる。
ヒロインはその主の一生懸命さに惚れてOKをする。


これが非常にまずい。


これはただのギャンブルである。
そしてこのギャンブルが現実の少達の規範と
なってしまったことが何よりも問題なのである。


少年達は勢いで告白すれば良い、とすり込まれてしまった。
そして告白とは女の子に熱い思いぶつける場と
貸してしまったのである。


それが理想の告白だと勘違いして。


ここで徹底的に欠けてしまっているのは何か?
それは陳腐なことであるがコミュニケーションである。


本来、少年がしなければいけないことは、
そのヒロインと関係性をきずくことである。


少年漫画では関係性を築くことよりも
なにか別な事を達成することを迂回して、
ヒロインとつながろうとしている。

とても一方的なつながりである。



(つづく)