多くのお客さんがクラブ(日本語ではよくサークルという)を作って埼玉県鶴ヶ島市の市民センターを使っているけど今はその鶴ヶ島市の市民センターが要らん事を言い出してる。
 
つまり、「必ずマスク着用」って。
 
そこで、人数の少ないお客様クラブの場合は何の問題もなく、うちの教室を使ってもらっても良いよ、って伝えるけどそうすると遠いよ、っていうお客さんもいるし、とても残念ながらこっちの恥で、洗脳が完了しちゃってるお客さんもいるからそういうお客さんはうちの自由になってる教室には来ない。
 
そこで、マスクをわざわざ着けてあげても良いよ、っていう教師を探して、派遣する事になる。大事なお客さんの為にはもちろんそうする。
 
馬鹿な行政の為にはしない。
 
それで、今日はあるとても大事なお客さんのクラブに先週から初めて行った教師が今日は初めてコンピュータとプロジェクターを繋げて映画を上映する事になってた。私ならいつもやってる事だけどその教師は経験が余りないので問題があるかも、って事で私が設置だけしに行くのが良いと提案したけどやっぱりマスクの馬鹿話で不自由を感じる人もうちの内部にいて、まず私が行かない事になってしまった。
 
結果、接続が物凄く単純な事でうまく行かなくて、最終的には私が行って、直した。
 
入る時は、私の案と妻の案があった。
 
私の案で、妻が先に一人で入った。そしたら、職員が騒いでも妻に迷惑を掛けないし、どうしても納得なり慰めなりがしたい妻がいないので時間の無駄遣いをしないで済む。私はその状況で騒がれても無視できる。一方的に指示できる。お客さんの時間を第一優先にできる。
 
あっ、いうまでもないと思いながらあえて書くと、極当然の事だけどマスクは絶対に着けない訳だから今日も着けていない。
 
妻の案で、そこの職員に多分会わないだろう入り方をした。実際、入る時に会わなかった。
 
部屋に行って、問題を解決して帰ろうとした。
 
その時に、そこの新しい教師は「マスクを着けなさい!」が入り口に書いてあるよ、って言ってたのを思い出して、見てみたいと思ったので少し戻って見てみた。入り口どころか、中のあっちこっちにも書いてあったので写真を撮った。その次はまだ座っても良いとされてた椅子にも又馬鹿なペケがあったりしてるのも撮ろうと思って誰も座っていないところの椅子の写真も撮った。
その2枚を撮ったりしてる間に一人の職員が入り口の方の色々な貼り紙を直したりしてたけど何も言わなかった。その職員の場所でも撮りたい1枚があったので行って、撮ろうとした。
 
そしたら、私の知ってる職員で頭が良くて物事を把握する能力のある人だと気付いた!
 
その人は頭が良くて物事の把握力があると言っても職場なので上司に指示に従ってしまって、マスクを着けてたから最初は全然わからなかった。
 
そこで会話した。
 
私:「あっ!久しぶり!」
笑ってる職員:「久しぶりですね!」
写真を又撮ろうとしてる私を見て、もっと笑ってる職員:「どうしたの?」
アホな貼り紙とかの光景を手で指してる私:「この馬鹿馬鹿しさの写真を撮って・・・」
もっと笑う職員。
良い角度がない事に気付く私:「向こうから撮る方が良いか。」
私は又市民センターの中の方に入って行って写真を撮った。職員は何も言わなかった。
職員のところに戻って帰ろうとしてる私:「ついでに確認したいけど。」
職員:「はい。」
現にマスクを着けていない私:「もし、私がマスク無しで実際にここに入ろうとしらどうなる?」
職員:「ま、着けて欲しいとお願いする。それしかできないですよね。」
笑ってる私:「だよね!強制するなら法律がないといけないよね!ここは公共だぞ、って感じよね!」
同感してる職員:「そうだよ!」
 
これで市民センターは解決!!
 
私も公共施設の授業を教える事ができる!
 
後は水泳に行ってたところにも行ってみる必要がある。そこもちゃんと真実(本当は強制ができない事)がわかってれば問題なく水泳もできる。
 
そうすると、妻も大丈夫か、だけになる。妻は洗脳されてる人の洗脳される権利を尊重したい。
 
今の公共施設の時間以外は妻もマスクをずっと着けていなかったけどそこでは(妻は)又着けてしまってた。
 
それもあって、私は離れたい訳だ。


この投稿を読んで、とても心に刺さったので、リブログすることにした。
私も自分を素直に出せていないから。
小さい時から訳わからないことが多くて、自分の望みを中々果たせなくて・・・
どうすれば良いか、全然わからなかった。
私がしたくて、ず〜〜っと頑張ってきたのは女性と楽しみ合って、喜びあって、愛し合うこと。
それが当たり前であって、生きてる人間としての権利だと思って育った。
まさか、こんなに難しいこととは・・・想像も付かなかった。
10歳代で「愛」というものをかなり研究・勉強したけど今の50歳代になって「セックス」を研究・勉強してる。
同じ気持ち・目標を持つ女性相手が何故か見付からないから。
性を含めた情熱的な愛を持って、付き合って、結婚するのに、どうして結婚したら全てが冷めてしまうのか・・・
女性は(典型的に)結婚したら冷めちゃう、と。日常生活の方に集中しちゃう、と。
最近勉強してた中で出てきた結果。女性が言ってるし、私の経験にも合うし、信じてる。
そう考えれば出る結論は、結婚しないで付き合い続けることだよね。
私は、何とかして幸せな結婚生活・夫婦生活がしたくて何度も結婚・離婚を繰り返してきた。毎回毎回、性生活がうまくいかない。性生活が命のポイントなのにぃ・・・
幸せの鍵なのにぃ・・・
性生活を精一杯楽しみ合い、喜び合えるように、ゆっくりと時間をかけてできるようにもしたのに、今度は相手によっては、すぐに終わって欲しいとか・・・
そう言われると、本当はセックスを楽しめていないと思うし、私と繋がる実感もしていないと思う。
私の解消の為のセックスに過ぎない感じ。
意味・意義が何分の一に過ぎない・・・
どうにかしたい・・・