再び寝たきり生活を言い渡され、自宅にいるといろいろ動いて(家事など)しまいそうだったので、実家に帰っていました。
トイレ、お風呂、食事以外はずっと寝ていました…
3日後に再診があり、受診したら、子宮けい管は30mmになっていたので、少し安心しつつ、次の妊婦検診まで引き続き安静にとのことだったので、寝たきり生活を送っていました。
妊婦検診の日の早朝。
お腹がなんとなく痛い…
今日は妊婦検診だし診てもらおうと思っていました。
が、だんだん痛みが増し、間隔が短くなってきました。
(まさか、ウソやろ…?)
もうここから立てなくなって、言葉を発することもままならず、母に病院に連絡してもらいました。
先生から救急車を呼ぶように言われ、痛みに必死に耐えながら、
(なんで?どうなってしまうの?)
とこればっかりが頭の中でグルグル回って、不安で一杯でした。
そして数分後救急車が到着し、先生の指示でT病院へ向かいました。
(T病院ってちょっと遠いよなぁ…K病院のほうが近いのに…)
痛みに耐えながらこんなこと思ったのを覚えています。
家を出て間もないくらいに、激痛とともに、
(ヤバイ!今でたら)
と必死に耐えてましたが、バシャっと風船が割れたかのように破水。
破水したら、赤ちゃんが出ようとして、我慢するもいきみたい感じで、
(あぁ…破水してしまったし、赤ちゃん出ようとするし、もう耐えられへんし…)
生まれました…救急車の中で…
意識が朦朧とするなか、産声を聞きました。女の子です。
病院到着まで、救急隊の方が一生懸命我が子に、「頑張れよ~お母さんも頑張ってるぞ。」「しんどいなぁ、すぐ着くからな~」と、声をかけてくれていました。
数分後病院に到着。
ドクターと看護師(助産師)さんが数名待機していました。
すぐに処置を施され、しばらくして、保育器に入った娘と初対面しました。
目を開けてこっちを見ています。
娘の主治医となる先生が、「小児科のほうでお預かりします。状態は悪くないですから」と言って下さいました。
「どうぞ手を入れてあげて下さい」と保育器の手を入れる窓?を開けてくれたので、手を入れました。
小さい小さい我が子。その小さな手で、私の左手の人差し指を握りかえしてきました。
(あたし大丈夫やから)
そう言ってくれてるようでした。
それから、娘はNICU(新生児集中治療室)へ、私は産科病棟へそれぞれ入院となりました。
娘の出生体重 881g
(超低出生体重児)
妊娠26w3d
予定日より3ヶ月も早い早産でした。
