発症
1982年の秋、当時23歳だった私は、ある家電メーカーに勤務して半年が経過したころでした。
入社以来、女性ワーカー(昔は女工さんと呼ばれた)に混じって工場の生産ラインで働いていましたが、どうも仕事に馴染めず、かといって一浪して入った文系私大を2年で中退したうえに、さらに親に大金を出させて工学系の専門学校まで卒業して、やっと入った企業だったので簡単にやめるわけにもいかず、苦しくても耐えていました。
社宅にいたのですが寝付けない日が続きました。ストレスのせいか、いつも頭の頭頂部が痛くてしかたがありません。同僚の前では平静を装いつつ、実は心は不安でしかたがありませんでした。そんな思いが積もりにつもったある夜、ついに心が爆発したのです。
田舎の高校を卒業して、都会で学生生活5年を過ごし、自分の実力以上に人に見られようと頑張ってきた私でした。そんな無理を重ねてきた自己を維持することが、もう無理だと思った瞬間、突然、自分の感情(心)が身体から抜け出すのを感じました。
はじめて感じた恐怖です。次の瞬間、別の自分が叫んでいました。
〈心が無いよ!〉これが、今から思うと発症の瞬間でした。
翌日からが大変で、自分と周囲の間に薄い幕があるような感じです。
自分が自分でないような気がします。手をみても自分の手だと実感できません。通勤での車の運転も、時速40㌔で走るのが恐ろしく、30㌔ではしり、後続者からクラクションを鳴らされます。
思考も空回りしている感があり、まとまりません。
夜は完璧に寝られなくなりました。疲れが感じられないのです。でもそれは良いことではなく、「疲れを感じたい」と心が要求するのです。完全に心と体が分離している感じがしました。
睡眠そのものにも、恐怖がありました。もし眠れても、朝、目が覚めたら自分が誰だか分からなくなっているのでは…と思うと不安でたまりません。
週末に実家に戻り、すべて両親に打ち明けると、親戚の叔父のもとに連れて行かれました。叔父は、昔うつ病を患った経験があったからです。でも、叔父の話を聞いていると、どうも自分の症状とは違うような気がしました。
ただ、叔父はうつ病をある新興宗教にすがって治癒したと語ってくれました。はじめて聞く話でしたが、興味深い内容でした。
翌日、叔父も通った東京にある精神科医に、母が私を連れてゆきました。はじめにカウンセラーらしき女性の問診を受け、最後にドクターからは、「うつ病です。でも幸いにして軽いです」といわれました。
うつ病と聞かされ、ほっとしましたが、患者を安心させようとして、軽めに診断結果を伝えているようにも感じられました。
その病院で、いつ言われたのか忘れましたが、女医から「離人症」と言われたことを記憶しています。自覚症状もいま振り返ると、離人症そのものだったと思います。精神安定剤をいただきましたが、不眠は全く改善しませんでした。ほどなくして、服用をやめました。
寝てもさめても苦しいので逃げ場所がありません。死にたいとも思いました。その前に、死に対する恐怖心がありませんでした。
長い治療期間の始まり
これだけの症状だから、会社も辞めるのが普通かと思いますが、働くことそのものには、大きな支障を受けなかったので、続けることができました。でも、間違いなく変わり者には見られていたようです。
離人症の症状を抱えながらも、段々仕事や人付き合いをなんとかこなせるようになってゆきました。自己がどんな人間なのかわからないので、なにか宗教的なものにすがりたくなり、叔父から教えられた宗教団体の本を集めて読み始めました。
宗教の世界に安らぎを覚え、不眠は解消されてゆきました。
寝られるようになると、すこし離人症が軽減したように記憶しています。
心の病気を抱えているので、心を許せる友人はなかなかできませんでした。体調が悪い時にも、仕事上で人に話しかけなければならないこともあります。「幽霊から話しかけられたかと思った」と真顔で答えた女性社員もいました。
そんななかで、私の病気になんの違和感もなくつきあってくれた女性があらわれました。今の妻です。発病から8年が経過したころです。
妻は、私の読んでいた宗教書に理解を示してくれました。これから夫婦でいろいろな精神世界の門を叩くことになっていったのです。やがて精神世界にのめり込んで、会社を飛び出し、それを職業にするようになりました。
今の私の勤め先である精神団体ですが、入社すると長期宿泊研修が義務付けられています。そこでは内観などもおこなわれており、どれだけ自分が親に迷惑をかけてきたか反省させられます。親への感謝が日々深まるなかで、次第に離人症も消えていったように思います。丸二年が過ぎると、自分が離人症であることもすっかり忘れてしまいました。
離人症を振り返って
23歳で発病しましたが、もしもこの病気にならなかったら、自分はさらに傲慢で嫌な人間になっていたことでしょう。病気になったおかげで、精神世界も知ることができたし、正しい道に引き返すことができたように今は確信しています。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。