【密教は、法華経の思想を踏襲している】
華厳経では大日如来(毘盧遮那仏)は釈迦の分身です。釈迦が乗り移った金剛蔵菩薩が大日如来であり、その説法は凡夫には聞こえません。
大日経ではその話が変わっています。大日如来も毘盧遮那仏もサンスクリット語ではヴァイローチャナブッダです。
また、観音菩薩、地蔵菩薩、金剛蔵菩薩(普賢菩薩)、真言(陀羅尼)、羅刹、などは法華経からの導入です。
ヴァイローチャナという単語も法華経妙音菩薩品、妙荘厳王菩薩品からの導入です。


 

 密教は英語でEsoteric(難解な)BuddhismまたはTantric(性力)Buddhismと表現します。大日如来を本尊とし、師から弟子へ一対一で神秘的な教えを伝える「秘密の仏教」であり、日本では空海が伝えた真言宗などが有名です。           
 

■タントラとは、古代インドを発祥とするヒンドゥー教や仏教(密教)に伝わる実践的な修行体系です。宇宙のエネルギー(神仏)と自分自身を一体化させることで、煩悩や欲望を否定するのではなく、それらも力に変えて悟りや精神的解放を目指す教えを指します。タントラの基本概念タントラはサンスクリット語で「枠組み」「織り合わせる」などを意味し、主に以下の特徴を持っています。

 

■煩悩の肯定:欲望や怒りといった人間の「煩悩」を悪いものとして遠ざけるのではなく、エネルギーの源として捉え、それをコントロールして悟りへの道に昇華させます。

■実践重視:理論の理解だけでなく、瞑想、マントラ(真言)の読誦、呼吸法、身体を使った儀式などを重んじます。広がる解釈と実践タントラの教えは、時代や地域によってさまざまな発展を遂げています。

 

■ヒンドゥー教におけるタントラ:シヴァ神と、その妃であり女性的力動の象徴である「シャクティ(性力)」の教えを説く聖典群としてまとめられました。この流れをくむヨガでは、チャクラ(身体のエネルギーセンター)を意識した実践が行われます。

 

■仏教におけるタントラ(密教):インドの後期密教からチベット仏教などに受け継がれ、仏陀の象徴的な行動やマントラを通じて、修行者が効率的に成仏(仏の境地に達すること)するための実践体系として整備されました。

 

■現代におけるタントラ:西洋や現代社会においては、心身のエネルギーを調和させ、生命力を高めるための「自己啓発」や「精神性・愛を深めるワーク」として広く親しまれています。

 

 

 

  大乗仏教:密教の起こり 初期密教    中期密教  後期密教 
経典 法華経-----法華経観世音菩薩普門。羅刹女。鬼子母神。陀羅尼品(真言)。地持菩薩(地蔵)。妙音菩薩。分身化身思想。根本仏(法華経の教主釈尊)。普賢菩薩。

華厳経十字品-----(加持)。金剛蔵菩薩(普賢菩薩)
十一面観音。
孔雀明王経。
地蔵菩薩。
などの諸経典。
金剛頂経、大日経、後期般若経典  
関係者 鳩摩羅什-----(観世音菩薩普門品の改竄、法華経の分断)
闍那崛多じゃなくった-----(世尊偈の創作、添品妙法蓮華経)
仏陀跋陀羅:ブッダバドラ-----華厳経入法界品。48願無量寿経の作者。
フィクサーとしての三蔵法師たち-----サンスクリット原典の翻訳または、捏造
役小角-----法華行者 真言八祖。
空海。 
 
聖地 ストゥーパ(チャイトヤ)。霊鷲山。
他化自在天:たけじざいてん-----欲界の最高天の宮殿
修験道-----葛城二十八宿。 青龍寺、高野山、四国八十八か所、
三十三観音霊場
ポタラ宮殿。
特色 ヒンドゥ教の導入。土着信仰の導入。仏塔や仏像の建立。 陀羅尼(真言) 護摩祈祷、
儀軌(供養祈祷・曼荼羅儀軌)の登場
タントラ-----性秘術。合体仏。
本尊 フェイクブッダ-----法華経の教主釈尊。 定まっていない。 毘盧遮那仏-----釈迦 金剛蔵菩薩(こんごうさった)(普賢菩薩)





法華経なんか取りに行って損したぜ(笑)




ナーランダ僧院 427~1197

イラスト著作権
マンガ原始仏典・ブッダの教え 
https://buddha.pink/other/158/ 


Vairocana Buddha
●空海による密教の定義-----毘盧遮那仏が説法した経典以外は、密教ではない。
すなわち華厳経では毘盧遮那仏は釈迦の代理人である金剛蔵菩薩なので、密教ではない。
 

 

 

密教は華厳経の核となる十字品すなわち十字経から発達し、大日如来すなわち毘盧遮那仏を本尊とする仏教である。十字経では、毘盧遮那仏は釈迦の分身であり、大日如来は阿弥陀仏のような他方仏ではなく、釈迦の分身である。密教の起こりは、法華経に登場する呪文や変化思想、守護神などの影響。或いは道教などの呪術的宗教に対抗するため仏教が呪術信仰に移行した事である。その変遷は鳩摩羅什が法華経の妙音菩薩に倣って、同じく法華経の観音菩薩の女性化を図った事が発端である。これは中華皇帝の方針によるものである。これが中国で流行し、印度系三蔵法師、東晋の仏陀跋陀羅によって、法華経から華厳経入法界品、48願無量寿経に観音菩薩が取り込まれた。この当時すでに漢訳経典がインドの経典を凌駕する時代に突入していたのである。当時、三蔵法師による翻訳は全て皇帝によって検閲されていた。そして大興善寺こそがその本拠地だったのである。

中華仏教は鳩摩羅什に命じ,法華経の薬王菩薩品に続く六品を嘱累品(委任の章)で分断させ、法華経からの分離・独立を図り,観音信仰やダーラニー(呪文)の拡散と共有化(シェア)を図ろうとした。密教は初期の頃から100%三蔵法師による創作である。初期の密教は法華経の陀羅尼の影響で呪文を唱えるだけのものであった。因みに日本の役行者は、陀羅尼を連発する孔雀明王経を携えていた。その後,バラモン教に由来する土で作られる護摩壇や、同じく土で作られる曼荼羅などが発生した。曼荼羅はヒンドゥー教における寺院建築が起源だと思われる。因みにヒンドゥ教寺院であるアンコールワットも曼荼羅の形式を持っている。インドにおいて曼荼羅は壁に掛けられるものではなく、土や砂で作られたりした。余談だが中期密教以後でも不空三蔵の法華経を密教化した儀軌では、土で曼荼羅をつくる。インドにある密教の曼荼羅は遺跡の中にその痕跡が残る。それは原始的なものであり、曼荼羅的な寺院と言うべきであろう。空海の時代の経典に説かれるような絵画のような壁掛け式曼荼羅は中期密教以後である。また、そのころは大日如来と釈迦が未分化であり置き換えが可能であった。その後,密教では神秘性を高めるため儀礼や呪術は相伝(伝法灌頂)という形式を取るようになり、秘密化された。曼荼羅は完成後破壊する事が義務づけられていた。これはヒンドゥー教の儀式であろう。密教のインドでの本拠地はナーランダ僧院であり、ここで秘密裏に発達した。密教では在家は想定されていない。中期密教になると、経典に附属の儀軌,すなわち護摩祈祷の供養儀軌、曼荼羅における仏像の配置を指示した曼荼羅儀軌が整備された。このころの曼荼羅はよく見る絵画のようなものであった。中期密教でも、法華経に基づいた不空の観智儀軌かんちぎきでは、土で祭壇をつくる事が指示されている。これは例外だと思う。

密教の明王という尊格は、仏教の守護神である天部の密教バージョンである。明王は怒りの形相をしているが、天部もまた怒りの形相をしている。密教の印相は、サンスクリット語のムドラーの漢訳であり、本来は仏教において印相に関する定まった軌則は無かったが、中期密教の発達に伴って相が定まり、意味が説かれるようになった。種字に関しては、中国の道教である六甲秘呪という九字の作法から考え出されたと思われる。これらは中国の道教に対抗するため創作されたと思われる。また、中期密教では大乗仏教で出現した膨大な数の経典を統括する事が考えられた。そのための最も効率の良い方法が、曼荼羅、真言、印、種字などのシステム化であり、経典読誦を基本的には行わなくなった事である。しかしながら、後代に密教化した般若経典は読誦を行う。

 また、金剛乗と名乗り、大乗を上回る教え、スートラ(糸すなわちお経)ではなくタントラ(織物)とした。しかしタントラというものは主に後期密教に当てはまる事である。タントラとはヒンドゥー教においては、神妃(シヴァ神妃)になぞらえられる女性的力動の概念シャクティ(性力)の教義を説くシャークタ派の聖典群の通称であり、元々はヒンドゥー教の用語である。 このような密教化の流れは三蔵法師が外国輸出向けの経典を開発する時代に突入したという事であり、これが密教化と呼ばれるものである。この密教化に深く関与した人物がインド中国間を行き来する三蔵法師 たちだったのである、そして本格的な密教化を行ったのが善無畏、金剛智、不空など三蔵法師なのである。大日経や金剛頂経などは、善無畏や金剛智などの著作であり、印度北東部のナーランダ僧院にて秘密裏に書かれた。実際、インドにおいて密教が広まったという痕跡は無い。大日経は陸路。金剛頂経は、ペルシャ商船(おそらくイランから出発した貿易船)に積み込まれ海路を利用して輸送された. しかしジャワ島を経由し広州を目指していたペルシャ商船は東シナ海にて台風に会い、金剛頂経の大部分が海中投棄された(金剛頂経海中投棄事件)。

 




左:シバ神とその妻を踏みつける後三世明王
右:天邪鬼を踏みつける毘沙門天