~コーヒー焙煎におけるハゼの考察~

【背景】

 コーヒーの焙煎を安定に行い、さらに味の変化を狙い通りに制御するには焙煎プロセスの深い理解が必要になります。

コーヒーの焙煎に関して多くの先人たちが研究しているので、参考になる文献も多いですが未知の部分も多いです。特に焙煎プロセスは個々の焙煎機や環境により大きく異なります。装置や火力、環境温度により焙煎は大きく変動しやすいため、プロセスの理解には実際に使用している装置で自身のデータを持って各種の検討をする必要があります。

  これまでの検討から、コーヒー焙煎とはコーヒー豆が燃焼しそれをコントロールする過程であるともいえます。(参考文献1)。

図1に焙煎の温度と豆の色の変化を示します。焙煎中にカロリーを与えて温度を上げていくと、色が変わるだけでなくハゼという現象が生じます。

170℃前後で、バチン、パチンという、打ち上げ花火の音に似た音がします。これを1ハゼと称して、この音を発する温度や時間はコーヒーの風味を決める焙煎の重要なパラメーターです。

さらに温度を上げると、ピチピチ、ピチピチ、という天ぷらを揚げるような連続した音を発し、2ハゼと呼ばれる音になります。深煎りの焙煎を行う際には、これも風味を決める重要なパラメーターです。

 このように、1ハゼ、2ハゼ、ともにコーヒーの風味において重要な現象であるにもかかわらずハゼに関する理解はあいまいなままです。(参考文献3) 

 例えばあるロースターは、図2のように、ハゼとは加熱により豆の細胞内の水分が蒸気し、圧力が高くなり細胞内壁を破って外部に出る破裂音であると述べています。しかし、そのモデルではハゼを説明することは困難です(参考文献3)。

重量測定法による実験から、ハゼが生じる温度域では焙煎前に含有していたコーヒー豆中の水分は99%以上がすでに抜けていることがわかっています。内圧を上げて爆発を起こすような量は存在していないのです。

 さらに、それよりも30℃近く高い温度の2ハゼに関しては全く説明が困難になります。はぜ音は連続したノイズではなく、離散的な音です。細胞壁が壊れる音であるなら、無数にある細胞が次々に破裂するので、小さな連続した音になるはずです。はぜ音は、細胞レベルの音ではなくもっと大きな領域でまとまって発生する音であることが想定されます。 

一般に焙煎中にハゼが起こると断面や表面に亀裂が生じ、豆の大きさも変化します。 焙煎に伴う豆の大きさの変化に着目し、1ハゼと2ハゼが起こる要因の考察を行いましたので報告いたします。


 【目的】 

焙煎中の豆の大きさの変化から焙煎中に生じる1ハゼ、2ハゼの発生メカニズムを考察し、焙煎プロセスの全体を把握する。 

【実験】 

  実験の手法と使用機器の詳細は以下の通りです。

 ①焙煎中の豆の大きさの変化の評価方法 

 1バッチにつき250gの生豆を焙煎機に投入し、ある温度T℃で取り出します。この時に焙煎前後の重量比を測定し、その重量比をT℃における焙煎度とします。

すべて同一品種、同一ロットの生豆を用いて作業を実施。投入温度と加熱プロファイルはすべて同一条件にそろえて、取り出し温度を、110℃、125℃、140℃、155℃、170℃、185℃、198℃、210℃と変えて、トータルで8バッチの焙煎を行いました。各取り出し温度での焙煎度をプロットすることで、焙煎進行中の温度での焙煎の進み具合を定量的に把握することができます。

  豆の大きさの変化の評価については、各温度水準で任意に取り出した焙煎豆20個分のサイズ(X,Y,Z)を図3のように測定し、未加熱(30℃)の豆と大きさを比較することで行い、測定にはノギスを用いました。

 ②使用機器と焙煎に用いたコーヒー豆の説明

 焙煎評価に用いたコーヒー豆と焙煎機、評価機材は以下の通りです。

 ・コーヒー豆:ブラジル-サントスNO2(2022年)、水分値9.4-10.4wt%

 ・焙煎機:富士ローヤル社 半熱風焙煎機 R101 LPガス  

・焙煎条件:投入量250g,投入温度 100℃, ガス圧0.8kPa(昇温速度約9~10℃/min),ダンパー開度5 補足)

今回の焙煎条件は、ガス圧が一定で実験専用ですが、取り出しタイミングを合わせれば、シティーロースト~フルシティーローストの豆として十分においしく飲める条件です。 飲用に適さない条件ではなく、実際の焙煎条件に近い条件です。

 【結果】 

  図1は取り出し温度を、110℃、125℃、140℃、155℃、170℃、185℃、198℃、210℃と変えた計8バッチの焙煎豆の外観です。

表1に各温度の豆サイズの測定結果を示します。

 任意に取り出したコーヒー豆20個のX,Y,Zをノギスで測定し平均値を求めました。また、簡易的にX×Y×Zを体積Vと定義しました。 ここで、30℃の条件は未加熱の生豆で、これを1とした比率X/X0,Y/Y0,Z/Z0,およびV/V0を求めました。


  図4には焙煎温度に対する体積変化V/V0,と重量の減少割合を示します。

重量の減少が進むほど焙煎が進んでいることになります。グラフには、1ハゼの開始温度と終了温度、2ハゼの開始温度と終了温度も示しました。

 焙煎の進行とともに豆の体積は増加し、1ハゼ開始時点で急激に増加し、1ハゼが終わると増加が止まります。2ハゼが始まると再び増加します。

1ハゼ、2ハゼで体積の増え方が変化するのが特徴です。

 

 図5には、体積の替わりにX,Y,Zそれぞれのサイズの変化を示します。

X,Y,Zで増加の仕方とは異なります。 ZXは豆の長軸に垂直に切った断面です。 温度とともにZ、Xが1ハゼ前に急激に増加したのち1ハゼ後には安定します。そして2ハゼ後に再び増加します。

  一方、長軸に沿ったY方向はZX断面に比べ増加割合は小さく、1ハゼ時にはX,Zとは異なり5%程度の増加です。1ハゼ後も増加し、X,Yと同様に2ハゼの直前で安定化したのち2ハゼ後再び増加してているのが特徴です。

【考察】 

  得られた結果をもとに1ハゼと2ハゼに関して考察しました。 

 1)1ハゼの原因

  図6に断面形状の変化の写真を示します。

 125℃の場合が最もわかりやすいですが、ハゼ前には断面中央に沿って黒っぽい層の存在があり、1ハゼ後にはこの層に沿った亀裂が生じています。1ハゼ後も亀裂はそのまま変化せず存在しています。

 図4、図5から1ハゼまでに徐々に体積が増加し、1ハゼで一気に増加する様子がわかります。特にXZ断面の変化が顕著です。


図6の写真を参考に考えると、図7のようなモデルが考えられます。

  加熱により、個々の細胞は膨張を続けます。水蒸気の発生やガスの発生、細胞壁の軟弱化などなどいろいろいろな要因が考えられますが個々の細胞は膨張します。

 細胞が寄り集まったラグビーボール状のコーヒー豆は、個々の細胞の膨張に伴い、豆の外周はより多くの細胞があるため、内部と外部の応力の差が蓄積されます。

加熱により細胞が大きくなっていき、ある限界を超えると外側の領域と内部の領域が分離し、外側に広がります。あるいは、センターカット包むようにして折りたたまれた形状が外側に広がることもあるでしょう。

この際に異種の成分を持つような弱い界面があるとそこで、剥離やずれが生じやすいです。写真6で、XZ断面で生じている空隙はその結果形成されたものと考えられます。 空隙形成の際は大きな力が開放されてずれて動くため独特の1ハゼ音が発生するものと考えられます。

  1ハゼの音は、大きく、低めの音であることから発生領域は大きな領域であると想像ができ、XZ断面の空隙は豆の全域にわたっているものと考えられます。

 身近な例で 例えれば、巨大地震の発生に近いかもしれません。長い年月で大地に応力が蓄積され、地殻がずれて地響きを伴った地震で断層がずれる状況に近いのではないでしょうか。

 個々の細胞の膨張でコーヒー豆全体に蓄積した応力で豆全体に巨大地震が起こり、大断層のような大きな内部クラックが豆の全域に生じる。 これが1ハゼと考えられます。 このような巨大地震は1個の豆につき、一回だけ起こります。したがって、2ハゼに比べ発生数は少なく音は低く大きいといえます。

2) 2ハゼの原因 

 1ハゼは豆全域にわたる応力解放の巨大地震で大きな断層が生じます。1ハゼ後も個々の細胞は膨張を続けます。

図4を見ると、2ハゼ直前で膨張が止まり、2ハゼを経過すると再び膨張を続けています。

 2ハゼを経過したコーヒー豆は図8のように、表面に小さな亀裂や、クレーターが生じます。 2ハゼ直前まで膨張をつづけた細胞は再び内部応力のため膨張を妨げられ、その応力を開放するために亀裂やクレーターを形成します。その際に音を発しますが、豆の表面や内部でで複数箇所に生じるため、1はぜに比べ高く連続した音になります。これが2ハゼと考えられます。そして、応力開放後には再び膨張を続けることができます。

 1ハゼが豆全域にわたる巨大地震なら、2ハゼは局所的に豆の各所でランダムに多発している小さな地震に例えることができます。


 以上、ハゼの発生要因はいずれも豆の膨張により蓄積した応力を解放する際に発する現象です。1ハゼは、豆全体にわたる大きな内部応力の開放で、2ハゼは局所的な小さな応力解放です。

 コーヒー豆の細胞内のガスの爆発音によるものではありません。



【まとめ】

  コーヒーの焙煎プロセスを理解するためハゼの発生要因を調べる実験を行いました。

焙煎中の豆の大きさの変化を調べることにより1ハゼ、2ハゼの発生メカニズムを考察。これまで一般に言われているようなハゼのモデルとは異なることがわかりました。ハゼはコーヒー豆の細胞内のガスの爆発音によるものではありません。

 ハゼの発生要因は、豆の細胞の膨張により蓄積した応力を解放する現象です。1ハゼは、大きな内部応力の開放で、豆全体に連なる内部クラックを低い音を伴って生じます。2ハゼは局所的に生じる小さなクラックの発生音で小さな応力解放です。

 前者は巨大地震とそれによる大断層、後者は小さな地震に例えるとわかりやすいです。 



【お礼】

  素人の長い報告をここまで読んでくださりありがとうございました。  本研究に興味がある方がいらっしゃればご連絡いただけるとありがたいです。  


【参考文献】

 1)小堀 勇,ロースターズレポート3._半熱風焙煎機による焙煎の進行の観察 ,(2024年1月 ホームページ 自家焙煎 KOBORI) 

2)中 林 敏 郎,焙煎によるコーヒー豆組織の変化,Nippon Shokuhin Kogyo Gakkaishi Vol. 33, No. 11, 779~782 (1986)

3)旦部 幸博,コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか,講談社,2016 

 

以上