上咽頭がんステージ4b 声を失っても、伝えたいこと

上咽頭がんステージ4b 声を失っても、伝えたいこと

平成24年4月、38歳で上咽頭がんと診断。首へのリンパ節転移があり、治験に参加し放射線・抗がん剤治療を受けました。翌年細菌性髄膜炎を発症し右半身に痺れが残り、令和2年8月に永久気管孔となり声を失いました。現在は家族に支えられ、日々を大切に生きています。



15年前。
私は癌と闘っていました。
先の見えない不安の中で、
毎日を必死に生きていました。
そんな頃、
まだ幼かった長女が私に言いました。
「私、看護師になってお父さんを治す」
子どもの何気ない一言だったのかもしれません。
でも、その言葉は当時の私にとって大きな希望でした。
苦しい治療の日々。
放射線治療の副作用。
細菌性髄膜炎。
後遺症。
誤嚥性肺炎。
永久気管孔。
振り返れば、
本当にたくさんのことがありました。
何度も心が折れそうになりました。
何度も諦めそうになりました。
それでも生きてこられたのは、
家族の存在があったからです。
娘たちの成長を見たい。
家族と一緒にいたい。
その想いだけは、
最後まで消えることがありませんでした。
そして今。
あの日の小さな女の子は、
本当に看護師になりました。
病院で働く娘の姿を見るたびに、
胸がいっぱいになります。
あの日の約束が、
本当に叶ったのです。
病気にならなければ、
経験しなくてよかった苦しみもたくさんありました。
でも病気になったからこそ、
気付けたこともありました。
家族の大切さ。
命の尊さ。
当たり前の日常のありがたさ。
そして、
生きることの素晴らしさです。
私は声を失いました。
健康な体も失いました。
それでも、
家族と過ごす時間を手に入れることができました。
娘の成長を見ることができました。
それだけで十分幸せです。
もしあの時、
諦めていたら。
もしあの時、
生きることを選ばなかったら。
今日という日はありませんでした。
だから今、
心から思います。
生きていて良かった。
本当に良かった。
この闘病記をここまで読んでくださった皆さま。
たくさんの応援や温かいコメントをくださった皆さま。
本当にありがとうございました。
皆さまの言葉にも、
何度も励まされました。
人生には辛いこともあります。
思い通りにならないこともあります。
それでも、
生きていれば見える景色があります。
生きていれば叶う約束があります。
そして、
また笑える日がきます。
15年前の約束は叶いました。
だから私はこれからも、
感謝を忘れず前を向いて生きていこうと思います。
【完】
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。