最近、
文章を起こす事にも、
以前よりパワーを使うなぁと感じる。
仕事で日々文章をまとめているせいか、
年齢のせいか、
充実しているからか、
他にもやりたい事や
優先したい事があるからか、
文書にしなくとも
気持ちが落ち着いて過ごせるからか‥。
その全てかもしれない。
だけど普段から
あぁ、書きたいなぁと
思う事は多々。
人に話せなかった
悶々とした自分の気持ちが
文書なら素直に吐露できる。
それは、
SNSであっても日記であっても。
場所によって
内容や量は変える。
誰かと一緒に居る事が
嫌な訳じゃない。
でも、複数名と居ると
本当に疲れる。
楽しい瞬間も
もちろんある。
でも多分、
大勢で賑やかな場面が続くと
心や感覚が疲弊してしまう。
悪口だったり、
悲しいニュースだったり、
誰かが平然と公言できる様な事が、
私にとっては1つ1つ
考えてしまったり、
時に傷付いて
その場から離れたくなる。
緑を見ていると‥
山の中を歩いて
川のせせらぎや涼風を感じたり、
夏風に吹かれて
ぼんやりと浮かぶ月を眺めたり、
ふとパッと開花している
植物の姿に気が付いたり、
蟻の行列や、
空を瞬く生き物の力強さを垣間見たり、
夏野菜が強い日差しに照らされても
なお太陽に向かって背を伸ばして
実をならせていたり‥‥‥
そういう
静かだけど強く
何も言わない物達の力良さに
身を委ねていると
心がほっとする。
是が非か、
そういう判断も
何も要らない世界。
それは、
音楽や映画もそう。
私にとっては、運動もそう。
ある時から、
段々と
周りの人達が良いとする事を辞めた。
それは、
もちろん
何かを手離す事でもある。
集団に属さないという事で、
ある意味
孤独でもあるでしょう。
何で!?
と聞かれる。
笑って
話が逸れる時を待ったり、
そう返される事に
たまにショックを受けながら
受け流したりする。
端的に言えば、
まずは、
自分を大事にしたい
から、だった。
自分の感情に、
自分の身体が発するサインや欲する事に
目を背けずに素直になりたかったから。
誰かに嘘を付いて
笑って誤魔化したとしても、
自分だけには
嘘を付きたく無かった。
誰かが笑ったとしても、
私は自分の目指すべき所に
素直に向かって行きたい。
誰かが成功とする
分かりやすい事よりも、
私が正解と思う道を
進んで行きたいと思った。
後悔してもいい、
自分で決めたからと、
諦めが付く。
より深く内容のある話を
して居たい。
または、
話さなくてても、
温度が感じられる様な
誰かの傍に座って居たい。