墓地や納骨堂は、一般に嫌悪施設と位置づけられており、開発計画が持ち上がると近隣住民から反対運動を起こされることが往々にしてあります。住民運動の一環として、署名が行政に提出され墓地や納骨堂の経営許可をしないように陳情がなされることがあります。マンション建設反対運動の場合だと、建築確認行為は裁量の余地のない羈束行為であるため、反対の陳情がなされても、結局建築確認が通ってしまい、マンションが建ってしまうケースが大半です(なお、総合設計の場合は、行政の裁量の余地が大きいとされていますが、それでも近隣住民の反対の声は届かないケースが大半だと思います。)。

それでは、墓地や納骨堂の場合はどうでしょうか。墓地、埋葬等に関する法律(墓埋法)10条1項は、「墓地、納骨堂又は火葬場を経営しようとする者は、都道府県知事の許可(市又は特別区の場合は市長若しくは区長)を受けなければならない。」と規定しており、許可の具体的要件が定められておらず、どのような場合に許可すべきかについて、地方自治体の首長の裁量に委ねられていると解されます。そして、各地方自治体では、墓地許可条例や審査基準を制定し、それに基づき経営許可を出すかどうかを決めております。

墓地許可条例等において一番問題となるのは、距離制限規定です。すなわち、 墓地許可条例等において、「住宅、学校、保育所、病院、事務所、店舗等及びこれらの敷地(以下「住宅等」という。)から墓地までの距離は、おおむね100メートル以上であること」などという規定が定められているケースが多くありますが、 都市化が進んでいる現代において、100メートル以内に住宅等がない土地を見つけるのは(特に都市部では)極めて困難で、新たな墓地や納骨堂を開発することはほぼ不可能となってしまいます。そのため、 「ただし、市長が公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障がないと認める場合は、この限りでない。 」といった例外規定を設けており、行政側が柔軟に許可申請に対して対応できる余地を残しているケースが大半です。

それでは、例外規定適用により距離制限規定を解除するにあたって、住民反対運動のことを考慮することはできるのでしょうか。この点について判断したのが、大津地裁平成30年5月22日判決(判例秘書)です。

大津地裁は、「本件説明会で出席した住民から本件納骨堂を経営することに反対する旨の発言があったこと,本件納骨堂の経営に反対する旨の陳情が行われたこと及び本件納骨堂の経営に反対する261名の署名があり,そのうち110名余りの署名は本件土地の周辺住民によるものであることを考慮すると,本件納骨堂の設置・経営が市民の宗教的感情に適合しているとは認め難い。」、「多数の住民が本件納骨堂の設置に反対しているという事実こそ重要であり,それ自体が市民の宗教的感情に基づく意見表明であると優に推認することができる」などと判示していますが、墓地や納骨堂は嫌悪施設ではあるものの、生活にとって必ず必要となる施設ですので、近隣住民の反対の声が多ければ、大きければ、墓地や納骨堂の許可を出さなくとも良いとするかのような判示は、大局的な見地から言って果たして妥当なものなのかと疑念が湧いてきます。

 

【事案の概要】

本件は,宗教法人である原告が,原告所有の大津市内の土地上の建物において納骨堂を経営する計画を立て,平成27年6月26日付けで,大津市長に(仮称)X1寺会館納骨堂(以下「本件納骨堂」という。)の経営許可申請(以下「本件申請」という。)をしたところ,同年7月9日付けで不許可処分(以下「本件不許可処分」という。)がされ,さらに,平成27年9月7日付けで,大津市長に異議申立て(以下「本件異議申立て」という。)をしたものの,平成28年1月20日付けでこれを棄却する旨の決定(以下「本件棄却決定」という。)がされたことから,本件不許可処分及び本件棄却決定には裁量権の範囲を著しく逸脱し又は濫用した違法があるとして,被告に対し,本件不許可処分及び本件棄却決定の取消しを求める事案である。 

 

【条例】

大津市墓地等の経営の許可等に関する条例
    1条 この条例は,墓地埋葬法10条の規定による墓地等の経営の許可等の基準,手続その他墓地等の経営に関し必要な事項を定めるものとする。
    3条1項 墓地埋葬法10条1項又は2項の許可を受けようとする者は,規則で定めるところにより,市長に申請しなければならない。
      2項 市長は,前項の申請があった場合は,当該許可申請が5条から8条までに規定する基準に適合していると認めるときでなければ,墓地埋葬法10条1項又は2項の許可をしてはならない。
    7条 墓地等を設置する場所は,次に掲げる基準に適合するものでなければならない。ただし,当該墓地等を設置する場所が市民の宗教的感情に適合し,かつ,公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障がないと市長が認めるときは,この限りではない。
      1号 学校その他規則で定める公共施設及び住宅の敷地から規則で定める距離以上離れていること。
   11条 許可申請をしようとする者(墓地等の廃止に係る許可申請をしようとする者を除く。以下「許可申請予定者」という。)は,あらかじめ,当該許可申請に係る墓地等の計画について市長と協議しなければならない。
   13条1項 許可申請予定者は,前条1項の規定により標識を設置した後,規則で定めるところにより,近隣住民等に対し,説明会を開催する等の方法により,計画の概要を説明しなければならない。
      2項 許可申請予定者は,前項の規定により計画の概要を説明したときは,速やかにその旨を市長に報告しなければならない。
  (3) 大津市墓地等の経営の許可等に関する条例施行規則(甲5,以下「本件規則」という。)
    4条1項 本件条例7条1項1号に規定する公共施設は,次に掲げる施設とする。
       1号 病院及び診療所
      2項 本件条例7条1項1号に規定する規則で定める距離は,墓地又は納骨堂にあっては110メートル,火葬場にあっては220メートルとする。

 

【判断】

 (1) 墓地埋葬法10条1項は,墓地等を経営しようとする者は,都道府県知事(市にあっては市長)の許可を受けなければならない旨規定するのみで,許可の要件について特に規定していないが,これは,墓地等の経営が,高度の公益性を有するとともに,国民の風俗習慣,宗教活動,各地方の地理的条件等に依存する面を有し,一律的な基準による規制になじみ難いことに鑑み,墓地等の経営に関する許否の判断を都道府県知事や市長等の広範な裁量に委ねる趣旨に出たものであって,同法は,墓地等の管理等が国民の宗教的感情に適合し,かつ,公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障なく行われることを目的とする同法の趣旨に従い,都道府県知事や市長等が,公益的見地から,墓地等の経営の許可に関する許否の判断を行うことを予定しているものと解される(最高裁平成10年(行ツ)第10号,平成12年3月17日第二小法廷判決・裁判集民事197号661頁参照)。
    そして,墓地埋葬法10条の規定を受けた大津市の定める本件条例7条及び本件規則4条では,墓地及び納骨堂の設置場所は,原則として,学校,病院,診療所等の公共施設や住宅から110メートル以上離れている必要があるとされ,その範囲内における墓地及び納骨堂の設置を禁止するとともに,上記の範囲内であっても,「当該墓地等を設置する場所が市民の宗教的感情に適合し,かつ,公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障がないと市長が認めるとき」は例外的に許可できる旨規定されている。このような規定振りに加え,墓地埋葬法における上記の趣旨も踏まえると,墓地及び納骨堂が住宅や公共施設から110メートル以上離れていない場合には,その場所への設置によって,墓地及び納骨堂の管理が,市民の宗教的感情に適合せず,あるいは,公共施設の目的とする運営が阻害されるなど公共の福祉の見地から支障が生じるものと扱われ,例外的に,市民の宗教的感情に適合し,かつ,公共の福祉の見地から支障が生じないことを大津市長が具体的根拠をもって認めることができる場合に限り,その経営が許可されることになると解される。
    以上によれば,原告が,本件不許可処分は本件条例7条ただし書に違反するとして,大津市長がその裁量権の範囲を著しく逸脱し又はこれを濫用した違法があるというためには,本件納骨堂が診療所,幼稚園及び住宅から110メートル以上離れていない場所に設置されるにもかかわらず,本件納骨堂について市民の宗教的感情に適合し,かつ,公共の福祉の見地から支障が生じないことを市長が具体的根拠をもって認定できるにもかかわらず,これを認定しなかったことを主張立証する必要がある。
  (2)ア 原告は,周囲に既に墓地が幾つも存在し,本件納骨堂の設置によって周辺の環境を大きく変化させるものではないから,市民の宗教的感情に適合していると主張するが,前記認定事実(3)ウないしオのとおり,本件説明会で出席した住民から本件納骨堂を経営することに反対する旨の発言があったこと,本件納骨堂の経営に反対する旨の陳情が行われたこと及び本件納骨堂の経営に反対する261名の署名があり,そのうち110名余りの署名は本件土地の周辺住民によるものであることを考慮すると,本件納骨堂の設置・経営が市民の宗教的感情に適合しているとは認め難い。したがって,大津市長が市民の宗教的感情に適合していると具体的根拠をもって認定できるにもかかわらず,これを認定しなかったとはいえず,本件不許可処分に裁量権の著しい逸脱又は濫用があったとは認められない。
   イ この点,原告は,本件説明会で発言した住民は,本件土地が原告の境内地であること,本件建物が信者修行所として建てられた宗教的活動の用に供されているものであること,原告の境内地内に墓地を増設する場所がないことを認識していない錯誤に基づく意見であるから,本件納骨堂経営に反対している住民の数に計上すべきではないと主張する。しかし,原告が誤解しているとする事情は,いずれも,そのような事情を正しく理解していれば,本件納骨堂の設置に反対意見を有する住民が異なる意見を有するに至ったといえるほど,住民の意見の形成に重要な意味を持つ事情とは認め難い。すなわち,原告が誤解していると主張する事情は,本件説明会でA担当者がした,既に被告から本件納骨堂の設置が可能とされているという誤った説明(証人E。周辺住民をはじめとする市民の宗教的感情が明らかになっていない事前協議開始の段階で本件条例7条ただし書に該当するとの判断をすることはできないから,大津市保健所がAにそのような説明をしたとは認め難い。)への反論にすぎないことは証拠(甲27)から明らかであり,住民が原告の主張する上記の事情を正しく理解していれば,実際に,賛成の意見に転じていたであろうとは到底いえない。
     また,原告は,本件納骨堂の付近には,他の寺院の墓地が複数存在するにもかかわらず,本件納骨堂のみを「気持ち悪い」とする近隣住民の意見は,一般市民の宗教的感情とはかけ離れたもので,宗教的感情に基づく意見とは言えないと主張する。しかし,前記認定事実(3)ウないしオのとおり,本件納骨堂の設置に反対する住民が多数存在しているという事実は,他の寺院の墓地が既に存在しているにもかかわらず,本件納骨堂の設置によって周辺環境が大きく変わると感じている住民が少なくないことを示すものであることに加え,近隣住民の上記意見が一般市民の宗教的感情とはかけ離れたものとはいえないことを示すものというべきである。
     さらに,原告は,住民の大津市長に対する陳情や要望書には,宗教的感情についての意見が述べられていないし,大津市長は,反対者の存在や反対の理由について原告に知らせて原告の弁明を聞くべきであると主張する。しかし,市民の宗教的感情に適合しているか否かの判断に当たっては,前記認定事実(3)ウないしオで認定された,多数の住民が本件納骨堂の設置に反対しているという事実こそ重要であり,それ自体が市民の宗教的感情に基づく意見表明であると優に推認することができる(地価下落や違法駐車などの宗教的感情と無関係な悪影響が生じる範囲は極めて限定されている。)のであって,大津市長において,本件申請の許否の判断のために,それ以上に,反対の理由を個別に立ち入って詮索しなければならないというものではない。また,本件不許可処分は,行政手続法上,申請に対する処分に当たるため,住民の大津市長に対する陳情や要望書を原告に開示して弁明の機会を付与しなければならないというものではなく,原告の本件訴訟における主張立証を前提にすれば,原告に弁明の機会を付与していたとしても,大津市長の処分の基礎となる事実の認定に影響を及ぼし,ひいては処分の内容に影響を及ぼす可能性があったともいえないから,本件不許可処分の手続が違法であるともいい難い。