「Lime Rain」はLa'cryma Christiの9枚目のシングル
2000年1月19日発売
サビの突き抜けるようなハイトーンボイスが特徴的であり、バラエティ番組のエンディングテーマでもあったので、ラクリマファンでなくても記憶に残っている人は多いと思われる。音楽的な評価が高い一方で、歌詞はかなり難解であり、これまで論じられた例はほぼゼロに等しい。意味不明とまでは言わずとも、歌詞の意味はなんとなくわかる程度という方がほとんどではないか。
実際、歌詞の意味をひとつひとつ丹念に追跡・理解していくことは至難の業であるが、 実は『Lime Rain』の歌詞のテーマ(物語)は以前このブログでも解説した『With-you』の歌詞と深くリンクしており、後者を手掛かりとすることで、比較的容易に理解できるようになる。
なので、先に『With-you』の歌詞の解釈をお読みいただくことを強く推奨するが、一応読まなくてもわかるように書くつもりでいるので、忙しい方は無理にとは言わない。(ちなみに、時系列的には『Lime Rain』は『With-you』の後日譚である。)
それでは冒頭から見ていこう。
降り出した雨の中 傘も差さずにいた
温もりが欲しいから 君を抱き締めたい
なぜ傘を差さなかったのかわからないが、雨に濡れて体が冷えたので君を抱き締めて暖を取りたいと言っているのではない。むろん人肌恋しさを表現したものである。
もしかすると、主人公は涙をごまかすためにあえて雨に打たれたのかもしれない。『Lime Rain』が失恋ソングであることは、疑いの余地がない。ただし、後で見るように、サビの歌詞に「もう終わりにしよう」とあることから、これから恋人と別れようとしているのではないか、と誤解される可能性があるが、それはまちがいである。君との関係はすでに終了しているのだ。まずこの点を理解しなければならない。
だけど僕はセピア色した風だけ抱く
「セピア」は過去を暗示する。過ぎ去った君の幻影を「セピア色した風」と表現している。「風」という表現は、たぶん実体がないことを意味している。より具体的には、少し先の歌詞を見るとその意味が分かる。
すべて許し抱き合った過去のKISSは
薄目開けた街中に砕け散った
薄目を開けたということは、目を閉じていたということだ。なぜ目を閉じていたのかは、先に『With-you』の歌詞の解釈をお読みにいただいた方なら、たぶんピンとくるだろう。ここでも主人公は平井堅の『瞳を閉じて』のごとく、目を閉じて時を遡っていたのだ。君との幸福な想い出に浸っていたのである。
君がすべてを許してくれた。あのときはうまくいったけど、今回はそうじゃなかった。過去の成功体験は、薄目を開ければただの妄想だとわかった。
閉ざされた扉の前 鍵は見つからずに
君の世界の中へ もう踏み込めない
光と影 広がる
君との関係修復は絶望的だと主人公も認めている。君とはもう他人なのだ。君の世界の中へぼくはもう踏み込めない。「光と影が広がる」という表現は、ちょっとよくわからない。二番の歌詞には「黒い太陽が刺さる」という表現がある。主人公が自暴自棄になりかけていることを表現したものか。※
※「光と影が広がる」「黒い太陽」はナチスの記号かもしれない。『Lime Rain』のカップリングが『ファシズム』であることと、関連があるようにも見える。
いずれにせよ、ここで重要なのは、僕が絶望の淵にあるということである。君との関係はもう終わったのだ、修復不可能なのだという強い確信が主人公にある。二番の歌詞にある「ピアス一つで運命が変わるのなら 瞳の中に幾らでも埋められるさ」という歌詞も、おそらく何をやっても君との運命を変えることはできないと言わんとするものだろう。
もしも願い叶うなら
この雨をライムの雨にかえ 浴びていたいよ
そして君を忘れてしまいたい もう終わりにしよう
「もしも願いが叶うなら」という歌詞が重要である。主人公は、もし願いが叶うなら、君との仲を元に戻したいと言うのではない。その代わりに、この雨をライムの雨にかえて浴びたいと言う。そして君を忘れてしまいたい、もう終わりにしたいと言う。
つまり、君との復縁ではなく、終わりにすること(君への想いを断ち切ること)を主人公は望んでいるのだ。
「ライムの雨」という比喩が何を意味するのか。この問いに正面から答えるのは、非常に難しい。本当にライムの雨を浴びたら、たぶん痛くて目を開けていられないだろう。けど、なんだかサッパリはしそうだ。なんかふっきれそうだ。いまの迷路のような心境を、主人公はリセットしたいのである。
要するに、君への未練をだらだら引きずるのを終わりにしたいのである。これにより『With-you』の心境から一歩進んでいることがわかる。『With-you』の歌詞では、幸福な過去の空想のうちにただ浸っているだけだった。そういうのはもう終わりにしたいと言っている。主人公は未来に向けて明らかに前進している。
『Lime Rain』は、ただ感傷に浸るだけの失恋ソングではなく、未来に向けて一歩踏み出そうとする前向きな曲だ。筆者は楽器をやらないので音楽的なことはよくわからないが、この曲がメジャーコードで書かれているのは、つまりそういうことなんだと思う。
次の歌詞は、そうしたテーマを一般的な仕方で言い表している。
愛はいつも残酷な迷路のよう
人は涙超えていく
終盤の「君を殺してしまいたい」という衝撃的な歌詞も、文字通りの意味ではなく※、君を自分の中からなくして、君への未練を断ち切る、ということを表現したものと思われる。ただし、現実にはなくすところまでいっておらず、なくしてしまいたいという願望にとどまる。実のところ、主人公はまだ未練たらたらなのだ。
※比喩的な意味ではなく、文字通りの意味にとることもできる。「実際に」――もっともそれは現実世界での話ではなく、妄想世界での君を――殺すことで、「ぼくの世界」から君をいなくさせることを意味する。ただし、妄想世界での人の生死は実体を伴わないので、あくまで象徴的な意味である。
自分の意志の力だけでは、君への未練を断ち切るのは無理そうなので、だからこそ主人公は「ライムの雨」という、何か神がかった、魔法のような力に助けを求めているのである。(fin)