宇宙戦争の話から腑に落ちたこと
突然ですが「宇宙戦争」と聞くと
怪しいスピリチュアルと感じますか?
MOMOYOさんのYoutubeを久しぶりに観ました。
これまで様々なことを学び、体験、体感し、
この世界を構造として理論的に実感を伴って理解し、お話している今、
本来はスピリチュアルの内容は書くべきではないのでしょう。
ただこの動画でMOMOYOさんが話されている内容は
本当によく理解できる自分がいます。
エネルギーを食べる
動画の中で「エネルギーを食べられる」話がでてきます。
その話を聞いてアニメ好きな私が思い出したのが、「約束のネバーランド」です。
『約束のネバーランド』は、「楽園」のような孤児院で幸せに暮らす孤児たちが、実は「鬼」に献上する食用児(しょくようじ)として育てられていることを知り、脱獄を決意するサスペンス作品です。主人公のエマ、レイ、ノーマンの3人を中心に、母親代わりのイザベラや監視の目をかいくぐりながら、仲間全員を連れて自由を目指す命がけの脱獄劇が描かれ、後に鬼の世界の真実や世界の秘密に迫っていく物語です。
テレビアニメ化・小説化・映画化などのメディアミックスが行われています。
鬼が食べるために、脳の発達した賢い子供を育てる孤児院から物語は始まります。
その、鬼が人間を食べるという行為。
動画を観て「あ、エネルギーを食べることの象徴だ」と感じたのです。
この世界は、不安、恐怖を克服するゲームです。
私は常に安心と共にあったことを思い出すゲーム。
2020年から始まったパンデミックの話は、
過ぎ去ってみれば、まるで別世界の話だったかのように現実は動いています。
今後起こるかもしれない出来事に対して、
自分がどの立ち位置でいられるか。です。
目覚めの始まり体験
動画の中で、目覚めの時は龍が迎えに来るという話があります。
私の目覚めの始まりもやはり龍から始まりました。
ある日突然「龍」という文字が気になって気になって仕方なくなり、鼓動が早くなり、その答えを調べずにはいられなくなり、色々と探しているうちに「龍樹菩薩」の画像を観た途端に、「コレだ!」という確信を伴う感覚と感動で涙が溢れました。そして心臓が2つになったように感じました。
なぜ「龍樹菩薩」?当初は龍樹菩薩の人物や歴史を調べてみても、全くピンときませんでした。
最近まで謎でしたが、ようやく分かってきたことがあります。
龍樹菩薩は、初期の大乗経典(般若経など)に説かれた「空」の思想を、論理的に体系化された方でもあります。
また、「有(ある)」という極端な肯定と、「無(ない)」という虚無的な否定の両端を離れた、中正な視点(中道)の重要性を強調しました。
そして、その著書『中論』が教えるのは、
「あやふやで関係性のなかにしかないものを、絶対的なものだと思い込んで執着するから苦しくなるのだ」
という智慧です。
固定観念から自由になることで、ありのままの世界を見る「中道」の境地を目指すものです。
空や中今の言語化、自然に今現在私がやろうとしている事につながっていたのです!
というより、逆ですね。
その道筋を決めて生まれてきたから、今があるのでしょう。
過去も未来も今にありますから、地球での時間とともに体験しているだけですね。
念の為、誤解のないようお伝えすると、体験のキッカケ、内容、タイミングはお一人ずつ違うものです。
ですが、私のように、気になって仕方のないものは、気になる意味があります。
その感覚を大切に、力を抜いて探究をしていけば、いつか、きっと、その意味が理解できる時がきます。
龍が迎えに来る
目覚めの時は龍が迎えに来るという話。
今回はあえて、私なりに難しい言葉を使わず、
スピリチュアルを理論的に言語化してみようと思います。
目覚め
・これまでの常識や思い込みを、気付き、涙などにより、鼓動が大きくなるような体感を伴って破壊していくこと。
・閉じているチャクラを浄化し、開いていくこと。
・見えないエネルギーを体感、五感、磁覚などを伴って意識できるようになること。
・器である身体を浄化し、自分の中に眠っているエネルギーが循環するよう整えること。
など
・エネルギーとしての自分を思い出すこと。
龍
・気付きを促す流れや、チャクラを動かすエネルギーの流れ
・見えない世界で巡っているエネルギーそのもの
・人間よりゼロポイントフィールド、空、源とつながる意識が強いエネルギー
(この世界の全てはゼロポイントフィールドでできています)
私の初めての目覚め体験
・それまで少しずつ積み重ねてきた気付きが、ある一定のラインを超えそうな時、高いエネルギーと共鳴することによりそのラインを超え、意識領域が新しい領域に入った。
・ハートチャクラが開いた。
まだ言語化には不十分だと思いますが、現時点ではこんな感じでしょうか?
科学が追いつくのを待つ?
というMOMOYOさんの言葉がとても印象に残りました。
言葉にすればするほど、遠くなっていくものでもあります。
だからこそ、神聖幾何学や曼荼羅、魔法陣があるのでしょう。
結局どうすれば?
雲や木、山、川を観て、龍を感じる。
それも素敵です。
ですが素敵な体験も、それを感じているだけでは、現実は何も変わりません。
これまで生きてきた中で重ねてきた、常識、思考の当たり前。そのクセ。
それを意識し、破壊し、様々なもの、出来事を多角的に柔軟に捉えて、
自分が既に安心の中にいることを思い出すこと。
そして
既に巡っている流れの中で
今
何をするか?
何を意識し、何をするかです。
