〜理想を追う前に、根源の自分に還る〜

 

月明かりに導かれて 

 

幼い頃、田舎で育った私は、静かで澄み切った夜空に浮かぶ月をひとり静かに見つめる時間がありました。


部屋を暗くして、月明かりのもとで過ごすそのひとときが、なぜか心地よく、安心できる感覚をもたらしてくれたのを今でもよく覚えています。

 

月は、何も語らず、ただそこに在るだけ。
その姿に、言葉を超えた何かを感じていたのかもしれません。

 


 

太陽を目指した頃に見えたもの

 

ある時期、自分自身が太陽のように輝こうと努めていた時期がありました。
周囲に光を与える存在になろうとし、自分を高めようと努力を重ねていました。

 

しかし、その道の途中で気づいたのは、「自分に足りないもの」ばかりに目が向いていたという事実です。


理想の自分に近づこうとするあまり、今の自分を否定し、「もっと」「まだ足りない」といった思考に囚われていたのです。

 

このような“欠乏”から動く生き方は、どれほど成果を得たとしても、心の深い部分で満たされることがありません。
終わりのない「不足の連鎖」の中にいる限り、満足感は一時的なものでしかないのです。

 


 

知識を求めるほどに、もがいていた

 

自分を深く知ろうと、また世界や宇宙の仕組みを理解しようと、数多くの学びや知識を吸収していきました。


それらは確かに貴重な情報であり、自分を形作る材料にもなりました。

しかし同時に、「何かを知らなければ前に進めない」「目覚めるには何かが足りない」という前提のもとで動いていた自分も存在していました。

 

気づかぬうちに、“内なる声”よりも、“外の情報”を追いかけていたのです。

 


 

本当に必要だったのは、「気づくこと」

 

数々の学びや経験を通じて、最も深いところで必要とされていたのは、次のようなごくシンプルな姿勢でした。

  • ただ気づくこと

  • ただ観ること

  • ただ在ること

音やエネルギーが整えば、特別な努力や願望を持たずとも、自然と現実は整い始める。
振動、周波数は共鳴するのです。

 


 

無意識のパターンに目を向ける

 

私たちの日常には、無意識に繰り返している「言葉の癖」「思考の癖」が数多くあります。
例えば、否定的な口癖や、自分を小さく見積もる思考パターンは、それがそのまま現実に反映されやすくなります。

 

また、言い訳や偽りを重ねることで、自分自身が最も苦しむことになる場合もあります。
それでも人は、自尊心や恐れから「本当の自分」を素直に認めることが難しくなるものです。

 


 

根源の自分を無視して進むことの限界

 

現代には多くの成功メソッドや、理想の自分を叶えるための方法論が存在しています。

次から次へと新しい、これまで聞き馴染みのないキーワードを携えた新しい商品が現れます。


それ自体が悪いわけではありませんが、それらをいくら実践しても、自分の根源的なエネルギーを見つめ、受け入れなければ、現実は本質的には変わらないということがあります。

 

つまり、自分の根源を知らないままで望むものは、実のところ「本当の望み」ではない可能性があるのです。

 


 

現実は、自分の投影である

 

私たちが普段、目にしている現実は、内側の状態の投影ともいわれます。
心の奥底にある本音や未消化の感情を見つめずにいると、それに気づかせるための“現実”が何度も目の前に現れます。

 

それでもなお気づかない場合、人はまた新たな方法論に頼ろうとします。
このスパイラルに気づかない限り、同じテーマが繰り返されていきます。

 


 

すべては「ただ在る」ことから始まる

 

根源にある自分に気づき、それを認めて受け入れること。
そこからすべてが変わり始めます。

 

人生には終わりがなく、意識はどこまでも広がっていきます。
その旅は、最期まで自分を観ることでもあります。

 


 

最後に

 

私たちは、「ただ在るだけで愛される存在」です。
何かを成し遂げたからでも、誰かに評価されたからでもありません。

 

生まれたての赤ちゃんのエネルギー。

ただ在るだけで愛される存在。

 

誰もがあの純粋なエネルギーを持って生まれてきているのです。

 

存在そのものが、すでに十分に価値のあるものなのです。

理想に進む前に、一度立ち止まり、「今ここに在る自分」を見つめてみませんか?


すべての答えは自分の中にあります。