僕の年代からすれば、限界点を超えている。学生運動といっても、過激に活動していたのは大学生たちで、一部の反戦高校生を除けば、実は何が問題なのかがわかっいて無かったのだと思う。
高度成長の片隅でたいした学歴も無く能力も無く、政治的な庇護も無く、そして無知な若者は、貧しさに耐えながら少しずつ生活向上をしていくしかなかった。この歌の背景には、アナーキーもノンセクト・ラディカルも・全共闘もブント(共済主義者同盟)も無関係だったろう。

以上は過去形の話したが、では現在進行形にある自分はどうかというと、やはり無知だし、生活能力は乏しく、それよりも最大の武器だった「若さ」をどんどん消耗している過程にある。

どんなかたちをとるにしても、愛だ恋だと頭の中に花を咲かせいていたほうが、人生は前向きになるし相手の気持ちを忖度するようになる。少なくとも、自己否定したり、希死念慮に囚われたりはしない。まあ、失恋すればその反動はカウンターパンチのように自損自傷するかも知れないとしても、ね。

どうしてこうも悲観的かというと、とうとう昼夜逆転しそうなのだ。これでは、愛でたい相手がいたも、約束の時間に会うことができないではないか。
「最終兵器」は徹夜だが、こいつは一過性の効果しかない。
同世代の連中は健康診断のたびに「メタボ」に慄いているが、その心配は無い。メタボになるまでに、体調を崩している。強いて利益があるとすれば、体型が高校時代から変わっていないので、服を新調する必要が無いことぐらいか。僕のファッション感覚は、時代を無視することです。