おはようございます。
午前9時のムーチョです。
昨日の続きです。
昨日は、
動機づけには、 「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」
の2つがあるけれど、
我々親は、どちらかというと「外発的動機づけ」のほうを
多く利用しがちなのはなぜか?
という問いで終わりました。
答えを言います。
それは、手っ取り早いからです。
言い方を変えると、「外発的動機づけ」のほうが、
短期的に結果が出そうな気がするから、
です。
だから、面倒臭がり屋の我々大人は、
ついつい利用してしまうのです。
「外発的動機づけ」の代表例が「報酬」です。
お金や物で釣って、勉強させようという、
我々親の苦肉の策です。
「今度テストの平均点が○点以上だったら、
欲しがってたゲームを買ってあげるよ」
とか、
「前期試験で合格したら○円あげる」
とか、
「テストで100点とったら100円あげる」
とか、
これらはすべて親御さんや生徒さんに
実際に聞いたことのあるものばかりです。
気持ちはわかります。
気持ちはわかりますが、これらのアプローチは
残念なことにあまり効果はないようです。
効果があったように見えた場合も、
結局は一時的で、すぐにやらなくなってしまうようです。
報酬のためだけに勉強する子どもが
自学自習を極めた、という例は一つもありません。
「報酬で釣るのは絶対に駄目」
と言っているわけではありません。
そればかりでは不十分だということです。
そして、多少は報酬で釣っても構いませんが、
やりすぎは逆効果だということは
いくらでも強調しておきたいところです。
その理由は、大きく分けて2つあります。
1.報酬が目的化してしまう
「テストで90点以上とる」という本来の目的が
「ゲームを買ってもらう」という目的に
とってかわられてしまう、ということです。
そうすると、やけになると、「ゲームをあきらめればいいや」
という発想になったり、逆に、
「どうすれば他の手段でゲームを買ってもらえるか」
という発想になったりしてしまいます。
2.学習本来の楽しさを奪ってしまうことになる
有名な心理学の実験があります。
大学生を2つのグループに分け、
難しいパズルに取り組ませたそうです。
片方は、報酬ありのグループ。
もう片方は報酬なしのグループ。
休憩時間を与えたところ、
報酬ありのグループは、しっかりと休憩したにもかかわらず、
報酬なしのグループは、その休憩時間を
潰してまで熱心に取り組んだそうです。
このパズル自体が、知的興奮を促すような魅力的な
パズルだったそうです。
つまり、報酬が「知的興奮」を奪った、
と考えられるわけです。
報酬で釣る、ということを繰り返すと、
勉強そのものの面白さを感じる能力が奪われていくのです。
これは長期的に見て、かなり怖いことだと思いませんか?
おととし同窓会で、
ある同級生の女性に言われました。
「佐々木くん(ムーチョの苗字)、
塾の先生なんだ。まだ勉強してるなんて、えらいね。
私なんか、この年になって今さらもう、
勉強なんてまっぴらだけど」
私は、その女性のことを哀れに感じました。
この年になったからこそ、勉強が面白いのに、と。
・・・・・
今日もお付き合いいただき、
ありがとうございました!
何かご意見、ご感想があればコメントくださいね。
よろしくお願いします。