クレヨンハウスの思い出
表参道がまだ大人の街で、今よりもゆったりとしていた頃、
僕は両親に手をとられクレヨンハウスへ通っていました。
当時の記憶はとてもおぼろげで、はっきりしたものではありませんが、
クレヨンハウスで絵本に囲まれる時間はとても温かなものであり、
そのあたたかな空気をまとったまま歩く表参道も、とてもやわらかな印象がありました。
僕はいま、建築家を目指して勉強している身です。
幼い頃にあじわって心にしみついた、
「建築や街があたたかな気持ちを与える事が出来る」
という思いが根底にあるからこそ、この道に進もうと思い頑張れているのかもしれません。
大人だけでなく子供の心がすさんでいる昨今、絵本を通して沢山の人にあたたかな記憶を届けてくれているクレヨンハウスに、
「ありがとう」と、24年分の感謝をささげたいと思います。

僕は両親に手をとられクレヨンハウスへ通っていました。
当時の記憶はとてもおぼろげで、はっきりしたものではありませんが、
クレヨンハウスで絵本に囲まれる時間はとても温かなものであり、
そのあたたかな空気をまとったまま歩く表参道も、とてもやわらかな印象がありました。
僕はいま、建築家を目指して勉強している身です。
幼い頃にあじわって心にしみついた、
「建築や街があたたかな気持ちを与える事が出来る」
という思いが根底にあるからこそ、この道に進もうと思い頑張れているのかもしれません。
大人だけでなく子供の心がすさんでいる昨今、絵本を通して沢山の人にあたたかな記憶を届けてくれているクレヨンハウスに、
「ありがとう」と、24年分の感謝をささげたいと思います。

