中学2年のたまり場にいたひとつ上の先輩が、私のこと好きだっていうのは、わかっていた。

彼が中学卒業して働いてから、どういうわけか、その人の給料の管理、と言えば聞こえもいいが、ほとんど私が使っていた。

肉体労働だから、給料もそこそこ良かった。

彼に小遣い、彼の預金、残りは私の小遣い。

だから、毎月給料日には会っていた。


もちろん、私がこういう性格なのも知っていた。

いろんな男と付き合ったり、同棲したり・・・・

それでも、私のこと好きだから、いいんだって・・・


5年続いたあるとき、また、家を出ようと思った。

倉庫も半年以上働いているし、やっぱり、家は居心地が悪い。

「同棲しようか?」

軽い気持ちで言ったんだけど、「いいよ」っていうから、部屋を探し、彼名義で契約も済ませ、お金も払った。

私は、前みたく家賃払うのに大変な思いするの嫌だったし、今度は2LDKだけど、新しいけど、郊外だから、すごく安いところに決めた。


彼は、私のこと好きだったから、ホントに喜んでいた。

早く一緒に住みたいと、ワクワクしていたに違いない。

引っ越しの1週間前だった。

突然の彼の父親の反対。

長男だから、家を出たらだめだというものだった。

4人兄弟の長男だった彼だけど、それまでは、なんとか、了解を得たものだと思っていたし、そんな話もしていたのに、突然一緒に住めなくなったって。

「あっそう、わかった」

って、私は、何をしたと思う?

一緒に住もうとしてた人が、急きょ住めなくなったから、一緒に住まない?って、会社の長距離運転手に持ちかけたら、「いいよ」って、喜んでた。

「じゃあ決まりね」

そんなんで、同居、同棲生活が始まった。


5年間貢がせていた、先輩に、そのことをあっけらかんと話し、通帳も返した。

ショックを受けていたが、「しょうがないよな・・・」と。

私はそんなに気にもしなかった。


数週間たって、その人の弟が家にきた。

「こんなこと言ってもしょうがないんだけど、あんまりだから、一応伝えておこうと思って・・・兄貴、あれ以来おかしくなってしまって、あんたの名前ばかりうわ言のように言って、仕事もいけなくなって、橋から飛び降り自殺するところで、通行人が止めてくれて、そのまま、精神病院に入院させられたんだ。

うちの両親もひどい女だって怒ってる、けど、俺が悪いんだって、彼女は悪くないんだ、って、繰り返すばかりで、見舞行っても、ボーッとして、あんたの名前呼んでるんだよ。こんなこと、あんたに言ってもしょうがないんだけど、兄貴があまりにも可哀そうだったから、言わずにはいられなかったんだ。」


彼が話す間、涙が止まらなかった。

私のわがまま、自由奔放、自分でも自分がわからないために、人をこんなにまでも、利用し、傷つけ、自殺に追い込むほど、私のこと、好きだったなんて・・・・・・

彼との思い出もたくさんあった。いろんなとこに行ったし、何でも話せたし、一緒にいるのが空気みたいに自然だった。

顔も悪い、頭も悪い彼だけど、そういえば、母は何も言わなかったっけ・・・・・

だから、5年も続いていたのに、もう、手おくれ。


「今後、兄には二度と会わないでほしい」


そう、言い残して帰って行った。


5年も私のわがままに付き合ってくれた男を捨てて、ちょっと前に知り合って、何にも知らない人と一緒に住んでしまった私。


悪いな・・・とは思ったけど、後悔はしなかった。

それが、その時の私の生き方だったから。


でも、一生このことも、忘れられない一つのことになってしまった。