社会人なら誰でも経験があると思うが、もっとも愚かな問題解決のスタンスは「木を見て森を見ない」ことである。
昔、大学受験のために勉強していた頃は、1点でも2点でも差をつけるために、みんなが重箱の隅をつついたところを覚えていた。
原理原則や基本的事項は当たり前の知識であり、そんなものは試験に出ないのである。
ただ、そういう問題解決姿勢に凝り固まってしまうと、社会に出てから苦労する。
目の前の瑣末な事象にとらわれるあまり、原理原則や大多数の意見=サイレントマジョリティを軽視しがちになる。
しかし、そこをしっかり押さえていないと、解決すべき課題に対して適切な判断を下すことができない。
もちろん、例外的な措置や少数意見にも、真摯に耳を傾ける姿勢は重要である。
いずれにしても、社会における課題は、解答の用意されている受験勉強と違うのである。
前置きが長くなったが(笑)、大きな流れをしっかり把握するためには、知識の記憶をぶらさげる「背骨」のようなものが必要だ。
こと、日本史においては、時代に応じた背骨づくりが欠かせないだろう。
例えば、鎌倉時代は「執権」、江戸時代は「征夷大将軍」になる。
近現代は、やはり歴代首相が背骨になると思う。
この順番は、各種知識の背骨としてしっかり記憶しておきたい。
覚え方についてネットで検索すると、色々出てきて、それはもう驚きである。
そこで、それらを参考にして、私好みに少しアレンジしてみた。
記憶に残りやすいように解説も加え、備忘用に記録しておくことにする。
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「行くやマイマイ、親イカ逆さ!」
マイマイとはかたつむりのことである。
もっとも、私の住む地域では、この言葉はふつう使われない。
このかたつむりの親は、なぜかイカで、しかもいつも逆立ちをしているらしい。
逆さになった親イカが、かたつむりの我が子に、Let's go ! と言っている。
シュールな設定である(笑)
「蚊帳織って、ハダカ焼き!」
昔は日本のどこの家庭にも「蚊帳(かや)」があった。
公衆衛生が今ほどよくなかったので、夏の夜は、蚊とか変な害虫が電灯をめがけて押し寄せてきた。
夏の風物詩である。
この蚊帳は網を織ってつくられる。
夏の昼下がりは暑い。こどもたちは上半身ハダカで、日に焼けたものだ。
「変わったハワイさ・・お昼はきんぴら」
日本で最初に移民事業が行われたのはハワイである。
ある男がハワイ旅行で民宿を利用した。
その民宿は移民の日系人が経営していて、きんぴらごぼうがランチで出てきた。
男はまさかハワイに来てまで、日本のおかずを食べさせられるとは思わなかったようだ。
「あの世でコンコン。投降するんだ」
戦後も投降を拒否して、アジアの密林に立てこもってしまった日本兵が数多くいたらしい。
食べ物もなくこのままでは山中で死んでしまう・・・
そんな状況に追い込まれた日本兵が、ある夜、夢をみた。
死んでしまったのに、あの世で風邪をひいてしまった彼。どうやらコンコンと咳をしていたのだろう。
目が覚めて、自分の命を再認識した彼は、投降を決意した。
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これで、初代首相の伊藤博文から、終戦の鈴木貫太郎までを一気に覚えることができたと思う。
い 初代 伊藤博文(第1次) 1885/12/22~1888/04/30 44歳 861日
く 2代 黒田清隆(第1次) 1888/04/20~1889/10/25 47歳 544日
や 3代 山県有朋(第1次) 1889/12/24~1891/05/06 51歳 499日
ま 4代 松方正義(第1次) 1891/05/06~1892/08/08 56歳 461日
い 5代 伊藤博文(第2次) 1892/08/08~1896/08/31 50歳 1485日
ま 6代 松方正義(第2次) 1896/09/18~1898/01/12 61歳 482日
い 7代 伊藤博文(第3次) 1898/01/12~1898/06/30 56歳 170日
お 8代 大隈重信(第1次) 1898/06/30~1898/11/08 60歳 132日
や 9代 山県有朋(第2次) 1898/11/08~1900/10/19 60歳 711日
い 10代 伊藤博文(第4次) 1900/10/19~1901/05/10 59歳 204日
か 11代 桂太郎(第1次) 1901/06/02~1906/01/07 53歳 1681日
さ 12代 西園寺公望(第1次) 1906/01/07~1908/07/14 56歳 920日
か 13代 桂太郎(第2次) 1908/07/14~1911/08/30 60歳 1143日
さ 14代 西園寺公望(第2次) 1911/08/30~1912/12/21 61歳 480日
か 15代 桂太郎(第3次) 1912/12/21~1913/02/20 65歳 62日
や 16代 山本権兵衛(第1次) 1913/02/20~1914/04/16 60歳 421日
お 17代 大隈重信(第2次) 1914/04/16~1916/10/09 76歳 908日
っ
て 18代 寺内正毅 1916/10/09~1918/09/29 64歳 721日
て 18代 寺内正毅 1916/10/09~1918/09/29 64歳 721日
は 19代 原敬 1918/09/29~1921/11/04 62歳 1133日
だ 20代 高橋是清 1921/11/13~1922/06/12 67歳 212日
か 21代 加藤友三郎 1922/06/12~1923/08/24 61歳 440日会
や 22代 山本権兵衛(第2次) 1923/09/02~1924/01/07 70歳 128日
き 23代 清浦奎吾 1924/01/07~1924/06/11 73歳 157日
か 24代 加藤高明 1924/06/11~1926/01/28 64歳 597日
わ 25代 若槻礼次郎(第1次) 1926/01/30~1924/04/20 59歳 446日
っ
た 26代 田中義一 1924/04/20~1929/07/02 63歳 805日
た 26代 田中義一 1924/04/20~1929/07/02 63歳 805日
ハ 27代 浜口雄幸 1929/07/02~1931/04/14 59歳 652日
ワ 28代 若槻礼次郎(第2次) 1931/04/14~1931/12/13 65歳 244日
イ 29代 犬養毅 1931/12/13~1932/05/16 76歳 156日
さ 30代 斎藤実 1932/05/26~1934/07/08 73歳 774日
お 31代 岡田啓介 1934/07/08~1936/03/09 66歳 611日
ひ 32代 広田弘毅 1936/03/09~1937/02/02 58歳 331日
る
は 33代 林銑十郎 1937/02/02~1937/06/04 60歳 123日
る
は 33代 林銑十郎 1937/02/02~1937/06/04 60歳 123日
き 34代 近衛文麿(第1次) 1937/06/04~1939/01/05 45歳 581日
ん
ぴ 35代 平沼騏一郎 1939/01/05~1939/08/30 71歳 238日
ぴ 35代 平沼騏一郎 1939/01/05~1939/08/30 71歳 238日
ら
あ 36代 阿部信行 1939/08/30~1940/01/16 63歳 140日
あ 36代 阿部信行 1939/08/30~1940/01/16 63歳 140日
の
よ 37代 米内光政 1940/01/16~1940/07/22 59歳 189日
よ 37代 米内光政 1940/01/16~1940/07/22 59歳 189日
で
こ 38代 近衛文麿(第2次) 1940/07/22~1941/07/18 48歳 362日
こ 38代 近衛文麿(第2次) 1940/07/22~1941/07/18 48歳 362日
ん
こ 39代 近衛文麿(第3次) 1941/07/18~1941/10/18 49歳 93日
こ 39代 近衛文麿(第3次) 1941/07/18~1941/10/18 49歳 93日
ん
と 40代 東條英機 1941/10/18~1944/07/22 57歳 1009日
と 40代 東條英機 1941/10/18~1944/07/22 57歳 1009日
う
こ 41代 小磯国昭 1944/07/22~1945/04/07 64歳 260日
こ 41代 小磯国昭 1944/07/22~1945/04/07 64歳 260日
う
す 42代 鈴木貫太郎 1945/04/07~1945/08/17 77歳 133日
るす 42代 鈴木貫太郎 1945/04/07~1945/08/17 77歳 133日
ん
だ
