わたしは13歳のときに父が急死し、そのときに「なんで人は死ぬんだろう。なんでこんな良いお父さんが早く死んじゃうの?」と、その理由を探すためにスピリチュアルにはまりました。
だって、納得できなかったんですよ。
そこから見えない世界がどうなっているのか、世の中がどうなっているのかを知るためにたくさん勉強して、法学部で政治学を学び、社会のいろんなことを知りたくて大企業に入り、独学でも数千冊の本を読み勉強しました。
そうしてたくさん学んだわりに、たくさん知識は知っているはずなのに、いつも心は寂しく感じていました。
成功するなら感謝が必要だと、いろんな本には書いてある。
でも、どうも感謝できなくて、他人は自分を傷つけるんだと思っていて…
自分はなんて冷酷で、神さまはわたしに愛情を注入し忘れたんじゃないの?と思うくらい、自分は欠陥人間だと思っていたんです。
そんなわたしは努力が足りないからだと勘違いして、ついには頑張りすぎて病気になったんですね。
でもそこがら生き方を変えてから、自分にも愛情はあったんだと気づきました。
そして、あることをきっかけに世の中には愛しかないんだと、腹落ちしたんです。
ちまたでは、感謝することが大事なのは誰でもなんとなく知っているはずです。
でも「ありがとうって言おう」「感謝しなきゃ」と口だけで言っているとき、心では「ケッ、何が感謝だよ」って思っているならその感謝は全く無意味になります。
感謝はするものでは無いからです。
字のごとく、謝を感じる。
その方法は?
それは、親に自分が寂しく思っていたことや本当はこうして欲しかったということを打ち明けるんです(親、パートナー、友人の順で関係が深い人から。)
何を今更…と思った貴方こそやってみてください。
そうして打ち明けてみると、貴方が寂しく思っていたことは実は誤解であり、本当はとても愛されていたこと、大事にされていたことに気付くはずです。
ここがねじれたままだと、そこら中にある愛に気付けないんです。
逆にここに気付くと、いろんなことに気付けるようになります。
こうして、わたしが愛されていると腹落ちしてから、毎日が劇的に変わりました。
旦那さんからの言葉も、友人のひとことにも、愛を感じるんです。
家に帰るたびにありがたいと思うし、街に出ても「なんでこんなにたくさん、幸せにしてくれるものに溢れてるんだろう」と思えるようになったんです。
散歩してるだけで花や緑にありがとうと言いたくなり、自宅では壁に向かって「いつもありがとう」と喋りかける始末です(笑)
あんなにすさんでいたわたしが、心から幸せを感じられるようになったんです。
「愛されている」と感じられるようになると、ただスーパーに行っても、仕事に行っても、心からありがたいと、思えるようになるんです。
愛や豊かさを感じられるようになったら、常に心は満たされます。
とくに女性は、満たされると現実世界に豊かさとして溢れかえるんです。
だから、たくさん勉強してきてわかったのは、幸せになる一番の近道は「愛を感じる」ということ。
学歴や、キャリアよりももっともっと大切なんです。
余談ですが、わたしの大好きな歌に、「ヨイトマケの唄」があります。
父が土方のような仕事をしていたので、これを聞くと父を思い出します。
今日はみんなに気付いて欲しくて、この記事を書きました。
「愛は、そこにあったんだよ。」
参考リンク:YouTube 「ヨイトマケの唄」美輪明宏
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