自分磨きマスター☆土井寛之です。
腰がほぼ治って自由に動けるありがたみに涙しているこの頃です。(健康っていいなあ。)
>初めての方、「自分磨きノート」って何? という方はまずこちらを!
こちらはこれで最後!
>9月の記事のエッセンスはこちら!
前回これ書いたらいくつかコメント質問などいただきました。
>イメージできない
直接の答えになるかは分かりませんが(←無責任)、いくつかの重要事項を書きます。
現代においてイメージができない理由は、イメージをしなくて良い環境にあるから、です。
さすが由香里さんです。 ピンポエーン!
映画でもテレビでもこれでもかというほど映像が流れます。何も考える必要ありません。
想像力の出番を極力排除しているようにも見えますね。視聴者と製作者のいたちごっこかもしれませんが、これでは想像力は育たない。
小説でも同じ。やたらと映像化したものをそのまま文章にしたような陳腐な表現が多い。
想像力は、見えないものを見ようとするところで発揮されるのです。
時間であれ、空間であれ同じ。
(昔、アイスバーの当たりを見つけようと袋の外から目を皿のようにして凝視していたことを思い出しますね、あ、私だけですか)
人間は言葉を使って考えます。(言葉を使わずに考えることが出来ますか?)
しかし、言語の処理能力は非常に遅く、そこでイメージ(映像化)の出番となる。
(ものすごく長くなりそうなので端折ります。どうやら左脳があきらめたらしい)
結局、人間は考える際に、右脳と左脳を頻繁に行き来しているということなんです。
このとき、イメージと言語が素早く変換処理されている。
いわゆる抽象画などはこの中間に属しているのかもしれません。
(ああ、うまく言語化ができない・・・・・・・・・・・)
右脳を使っていないとか、言葉を知らないとかいろいろと言われていますけど、最後は両方の脳の橋渡しが上手くいっていないともいえます。
映画を見た! おもしろかった。 でも言葉にできない。
とても楽しい経験をした。 でも言い表せない。
言葉にすると色褪せてしまうといいますが、むしろ色褪せた言語しか使えない、というべきでは?
この右脳と左脳の交換作用を訓練することでイメージ化が容易にできるようになる。
とても楽しい経験をした人に聞きます。
「どう楽しかったの?」
たぶん、聞かれた人は言葉にしようとしますが、表現できないもどかしさにいらだつでしょう。
そこをしつこく聞いてみる。知っている限りの様々な言葉を使って。
聞いているほうは、少ない言葉からその人の感情を想像する。
この質問を繰り返します。
これだけでも随分と右脳ー左脳のキャッチボールがお互いにできるようになるんです。
(私は教室で中高生や小学生の生徒といつもこのような対話をしています。)
あるいは、
絵を見て感動したとします。
これを別の人に言葉で表現してみる。感動を言葉にする。
これもいらだつでしょう。きっと。
もちろん相手はこの訓練のことを知った人じゃなきゃダメですよ。
(そうでないと多分けんかになる・・・と思う)
他にもいくつかやり方はあります。
この項はいくらでも続けられますが・・・・・・・・・質問、ご意見あればぜひお気軽に!
お友達への追記)←20世紀少年ではありません。
自分にはオリジナリティがないと嘆く人は多いです。新しいものを想像しようとしても何かに似てしまう。
しかし、そもそも無の状態から何かが出てくるわけではないですよね。
つまり、どんな創造物も何かから影響を受けたり、下敷きにして出てくるものではないでしょうか。
ヒントはここにあります。
模倣してください。トコトンまねしてください。
すると、真似しても真似してもどうしても真似のできない違和感やズレが生じてきます。
必死で真似してもどうしても似ないもの。
この違和感やズレを大事にしてください。
ここにオリジナルの芽があるような気がします。
偉そうなことを書きました。気に触ったらごめんなさいね。