妹が産まれてちょっとしてから、今度は兄が不登校になった。
朝起きるとどうしてもお腹が痛くなって学校に行けなかったのだ。
今考えると兄も、2人の妹に親をとられ、日曜日は教会でわけのわからない話を聞き、
学校で教わることとのギャップに悩んでいたのかも。。
そして、それが限界だったのかもしれない。
妹と兄が親からの関心の的で、
母はノイローゼ気味。
父はまだ幼い妹の世話を、休みの日は積極的にした。
とりあえず「なにも問題なく、1人である程度のことができる」私は、
ますます家の中で影が薄くなり、
自分でも自分が幽霊みたいだと思った。
私が真面目に学校に通わなきゃ。
私が真面目に教会に通わなきゃ。
私はいい子でいなきゃいけない。
これ以上、親を困らせてはいけない。
親の期待を全て背負って、
(自分で全て背負い込んでいると思っていた)
ひたすらがんばっていた。
そんな小学校時代だった。
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