今日は感覚的な面での「頑張るのをやめる」について。
ここ数日、ちょっと、自分がわからなくなってしまうことがあって。
何年もかけて築いてきたと思っていたものが崩れたような、
崩れるというか、もしかしてもともと何もなかったのか?と思うような。
自分の土台が揺らぐ、そんな感覚。
何もやる気がわかなくて部屋の片づけをしている時に、ふと、昔のノートを開いてみた。
もう何年も前に、私がノートを書き始めた時の最初の1冊目のノート。
表紙を開くと真っ白なページに一言こう書いてあった。
「はじまり」
ずっと自分のやりたいことに打ち込んできたけど、思うような結果が出せなくて、
頑張りすぎて心も体も疲れ切ってしまって、
そういう生き方はもうやめようと決めたけど、
ずっとそういう生き方をしてきたから、自分が何をしたいのかわからなくて、
悶々と、くすぶっていた。
ここから自分の人生をはじめるんだ、と思って書いた一言。
自分の心か感じる写真を貼り、感じる言葉をつらつらと書いた。
今見ても、
あー私はこういうのが好きだなぁ
こういう生き方をしたいなぁ
って感じる。
私が心から求めているもの。
「解放感」と書いているのは誤字ではなくて。笑
私を縛っていたもの、抑圧していたもの、そういういろいろなものから自分を解放したいと思っていたんだよね。
だから「開放」より「解放」のがしっくりくるな、と思ってこう書いたのを覚えている。
何かをする時、いつも「やりたい!」という純粋な好きという気持ちからはじめるのに、
最初は楽しんでやっているのに、
熱中して取り組んでいると気づかないうちに
「思うような成果が出ないのは私の努力が足りないからだ」
「もっとやらなきゃ」
「もっと頑張らなきゃ」
と思って無意識で苦しい努力を重ねてしまう。
最近もそうなっていたなと思う。
そして、この状態だとうまくいかない。
これまで、この状態を抜ける時というのは、
自分の中でいろいろな条件がそろうとカチッとピースがはまる、そんな感覚があって、
自分でどうにかしようとしてもできなくて、
自然にそうなるタイミングが来る、という感じだった。
自分でコントロールできないのがもどかしかったんだけど、
今、昔のノートに貼った写真を見ていて、
自分の本質的なところに還ること
それが助けになるんじゃないかなぁと感じた。
たくさん学んで、
たくさん考えて、
たくさん行動して、
いろんな学びや知識、アドバイスを取り入れようとして、
自分なりに毎日こんなに頑張ったのに、それでもうまくいかないのだから
これ以上、自分の頭で考えてもうまくいきようがない。
これは経験的にもわかってる。
だから、ちょっと力を抜いて、
自分が惹かれることに時間やエネルギーを使ってみようかなと思う。
「もう自分の好きなようにやろうかな」そんな感じ。
「もういいや」っていう感覚の先に、
握りしめていたものを手放した先に、
まだ見えていない道があることを、私は知っている。
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