自分のこと、結局どう理解すればいい?

自分のこと、結局どう理解すればいい?

心理学やコミュニケーションを学んできました。役に立ったものもあります。それなのに、気づくとまた「もっと自分を理解したい」と別の答えを探している。そんな自分を振り返りながら、「自分を知ること」とその先について書いています。

自分のことを知りたくて、いろいろ学びました。

心理学も、コミュニケーションも。

役に立ったものもあります。



それなのに、気づくとまた

「自分って何なんだろう?」

と考えていました。



18年間を並べたら、少し変なことに気づきました。



▶ 18年間の謎解きを、最初から読む

心理学を学べば、

自分のことが少し分かるようになる。

これは普通にあると思います。

今まで言葉にできなかったことに、言葉がつく。

自分の考え方や、人との関わり方を見るための材料が増える。

僕自身、心理学やコミュニケーションについて学んできました。

そして前回も書いたように、

学んだものが役に立ったこともあります。

だから、

「心理学を学んでも意味がなかった」

という話ではありません。

むしろ今回気になっているのは逆です。

役に立ったのに、「自分のこと」はそこで終わらなかった。

ということです。


■■■ 知らないから分からない。それなら話は簡単です ■■■

自分のことが分からない理由が、単純に知識不足なら分かりやすいです。

知らない。

だから、分からない。

だったら学べばいい。

新しい考え方を知る。

自分に当てはめて考えてみる。

「ああ、こういうことだったのか」

と分かる。

これで一つ、分からないことが減ります。

僕は仕事でも、こういうことを何度もやってきました。

集客のことを知らなければ、集客を学ぶ。

販売のことを知らなければ、販売を学ぶ。

SNSについて知らなければ、SNSについて学ぶ。

知らなかったことを知って、実際に使う。

それで結果が変わることもありました。

だから、

「分からないなら学ぶ」

というやり方自体は、僕にとってかなり普通のことでした。


■■■ 心理学でも、知れば分かることは増える ■■■

心理学についても、知らなかったことを知れば見方は増えます。

今まで何となく見ていたものを、別の角度から考えられるようになることもあります。

コミュニケーションについて学べば、人とのやり取りを見る材料も増えます。

これは、知識が増えたからこそできることです。

だから僕は、知識を軽く扱いたくありません。

知らなくても全部分かる。

勉強なんて必要ない。

そういう話でもないと思っています。

知らなければ見えないことはあります。

必要な知識を持っている人に相談した方がいいこともあります。

知識不足で分からないことは、実際にある。

ここはそのままでいいと思います。


■■■ でも、知識が増えたら「自分のこと」は終わる? ■■■

ここからが、僕には少し分からないところです。

心理学について一つ知る。

自分について、一つ説明できることが増える。

別の考え方も知る。

また一つ、自分を見る材料が増える。

そうやって知識が増えていけば、

「自分のことが分からない」

は少しずつ減っていきそうです。

もちろん、実際に減る部分もあると思います。

でも、

ある程度知ったところで「これで自分のことは終わり」となるかというと、そうとも限らない。

また別のことが気になる。

別の見方を知る。

前とは違う説明が出てくる。

するとまた、

「自分ってどういう人なんだろう」

という問いが出てくることがあります。

だとしたら、

「自分のことが分からない=心理学の知識が足りない」

だけでは説明できない場合もありそうです。


■■■ 100個知れば、自分が完成するわけでもない ■■■

少し極端に考えてみます。

自分について説明できることが10個ある人と、100個ある人がいたとします。

100個ある人の方が、自分について詳しい部分はあるでしょう。

でも、100個知っているから、

「もう自分について考えることはありません」

となるかというと、たぶんそんな単純ではありません。

むしろ知ったことで、今まで気づかなかった疑問が出てくることもあります。

これは②の記事でも書きました。

自分を知ろうとするほど、

「こういう自分もいる」

「こっちでは違う」

という説明が増えていく。

知識が増える。

説明も増える。

でも、

説明が増えることと、「自分のことが終わる」ことは同じではない。

最近は、そこを分けて考えるようになりました。


■■■ 僕も、心理学だけを学んできたわけではありません ■■■

僕は18年くらい前から治療院をやっていました。

そこで集客や販売について学びました。

その後は物販。

2019年頃からはコンテンツ販売。

その間に、いろいろなことを学んできました。

コンサル。

Instagram。

コンテンツビジネス。

Zoomでのセールス。

心理学。

コミュニケーション。

全部を「自分を知るため」に学んだわけではありません。

そこは後から話を作りたくありません。

仕事で必要だったものもあります。

実際に結果につながったものもあります。

ただ、18年間を今になって横に並べてみると、少し気になるんです。

これだけいろいろ知ることが増えたのに、また別の答えを見ている。

そこには心理学やコミュニケーションも含まれています。


■■■ 「もっと勉強すれば分かる」でいいんだろうか ■■■

以前の僕なら、分からないことがあれば、次にやることはかなり分かりやすかったと思います。

もっと調べる。

もっと学ぶ。

詳しい人から教えてもらう。

別の方法を知る。

仕事では、それで解決したことがたくさんあります。

だから自分について分からないときも、

「まだ知らないことがあるんだろう」

と考えるのは自然です。

実際、本当に知らないだけの場合もあります。

でも、僕自身の18年間を見ていると、ここで一度止まります。

もし知識不足だけが問題なら、知識が増えた後はどうなるんだろう。

一つ知った。

役に立った。

また知った。

それも使った。

それでもまた、別の答えを見る。

だったら、毎回、

「まだ知らないからだ」

で説明していいんでしょうか。


■■■ 知らないことを学ぶのと、次の答えを探すのは同じ? ■■■

ここも最近、分けて考えています。

必要な知識がない。

だから学ぶ。

これは分かります。

今までできなかったことをできるようにしたい。

だから方法を学ぶ。

これも分かります。

でも、すでに一つ答えを持っている。

それが役に立っている。

それでも、

「もっと自分に合う説明があるんじゃないか」

と別のものを見る。

この動きまで、同じ「勉強」でまとめていいのか。

そこは少し違う気がしています。

もちろん、新しく学んだものが前より役立つこともあります。

だから次を見ることが悪いわけではありません。

ただ、僕が知りたいのは、良い悪いではなく、

なぜその時、次が必要になったのか。

ということです。


■■■ 心理学を学んだ。その後にも続きがあった ■■■

僕にとって、今はこれが一番事実に近い言い方です。

心理学を学んだ。

コミュニケーションについても学んだ。

役に立ったものもあった。

だから、学んだことを否定する必要はない。

でも、

それで「自分について知ること」が全部終わったわけでもなかった。

だからといって、

「心理学では自分を理解できない」

と結論づけるつもりもありません。

そこまで言える材料はありません。

僕が今見ているのは、もっと単純なことです。

知識が足りなかったから、次を探した。

本当にそれだけだったのか。

18年間を並べると、どうもそれだけでは説明しにくい。

そんなところまで来ています。

次は、心理学から少し横に広げて、

コミュニケーションを学んだ後にも、なぜまた別の答えを見ていたのか。

そこを見てみます。

僕が18年間で何を学び、その後に何を見ていたのかは、別で最初から順番に並べています。

▶ 心理学を学んだ「その後」まで、18年間を順番に見る


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