心理学を学べば、
自分のことが少し分かるようになる。
これは普通にあると思います。
今まで言葉にできなかったことに、言葉がつく。
自分の考え方や、人との関わり方を見るための材料が増える。
僕自身、心理学やコミュニケーションについて学んできました。
そして前回も書いたように、
学んだものが役に立ったこともあります。
だから、
「心理学を学んでも意味がなかった」
という話ではありません。
むしろ今回気になっているのは逆です。
役に立ったのに、「自分のこと」はそこで終わらなかった。
ということです。
■■■ 知らないから分からない。それなら話は簡単です ■■■
自分のことが分からない理由が、単純に知識不足なら分かりやすいです。
知らない。
だから、分からない。
だったら学べばいい。
新しい考え方を知る。
自分に当てはめて考えてみる。
「ああ、こういうことだったのか」
と分かる。
これで一つ、分からないことが減ります。
僕は仕事でも、こういうことを何度もやってきました。
集客のことを知らなければ、集客を学ぶ。
販売のことを知らなければ、販売を学ぶ。
SNSについて知らなければ、SNSについて学ぶ。
知らなかったことを知って、実際に使う。
それで結果が変わることもありました。
だから、
「分からないなら学ぶ」
というやり方自体は、僕にとってかなり普通のことでした。
■■■ 心理学でも、知れば分かることは増える ■■■
心理学についても、知らなかったことを知れば見方は増えます。
今まで何となく見ていたものを、別の角度から考えられるようになることもあります。
コミュニケーションについて学べば、人とのやり取りを見る材料も増えます。
これは、知識が増えたからこそできることです。
だから僕は、知識を軽く扱いたくありません。
知らなくても全部分かる。
勉強なんて必要ない。
そういう話でもないと思っています。
知らなければ見えないことはあります。
必要な知識を持っている人に相談した方がいいこともあります。
知識不足で分からないことは、実際にある。
ここはそのままでいいと思います。
■■■ でも、知識が増えたら「自分のこと」は終わる? ■■■
ここからが、僕には少し分からないところです。
心理学について一つ知る。
自分について、一つ説明できることが増える。
別の考え方も知る。
また一つ、自分を見る材料が増える。
そうやって知識が増えていけば、
「自分のことが分からない」
は少しずつ減っていきそうです。
もちろん、実際に減る部分もあると思います。
でも、
ある程度知ったところで「これで自分のことは終わり」となるかというと、そうとも限らない。
また別のことが気になる。
別の見方を知る。
前とは違う説明が出てくる。
するとまた、
「自分ってどういう人なんだろう」
という問いが出てくることがあります。
だとしたら、
「自分のことが分からない=心理学の知識が足りない」
だけでは説明できない場合もありそうです。
■■■ 100個知れば、自分が完成するわけでもない ■■■
少し極端に考えてみます。
自分について説明できることが10個ある人と、100個ある人がいたとします。
100個ある人の方が、自分について詳しい部分はあるでしょう。
でも、100個知っているから、
「もう自分について考えることはありません」
となるかというと、たぶんそんな単純ではありません。
むしろ知ったことで、今まで気づかなかった疑問が出てくることもあります。
これは②の記事でも書きました。
自分を知ろうとするほど、
「こういう自分もいる」
「こっちでは違う」
という説明が増えていく。
知識が増える。
説明も増える。
でも、
説明が増えることと、「自分のことが終わる」ことは同じではない。
最近は、そこを分けて考えるようになりました。
■■■ 僕も、心理学だけを学んできたわけではありません ■■■
僕は18年くらい前から治療院をやっていました。
そこで集客や販売について学びました。
その後は物販。
2019年頃からはコンテンツ販売。
その間に、いろいろなことを学んできました。
コンサル。
Instagram。
コンテンツビジネス。
Zoomでのセールス。
心理学。
コミュニケーション。
全部を「自分を知るため」に学んだわけではありません。
そこは後から話を作りたくありません。
仕事で必要だったものもあります。
実際に結果につながったものもあります。
ただ、18年間を今になって横に並べてみると、少し気になるんです。
これだけいろいろ知ることが増えたのに、また別の答えを見ている。
そこには心理学やコミュニケーションも含まれています。
■■■ 「もっと勉強すれば分かる」でいいんだろうか ■■■
以前の僕なら、分からないことがあれば、次にやることはかなり分かりやすかったと思います。
もっと調べる。
もっと学ぶ。
詳しい人から教えてもらう。
別の方法を知る。
仕事では、それで解決したことがたくさんあります。
だから自分について分からないときも、
「まだ知らないことがあるんだろう」
と考えるのは自然です。
実際、本当に知らないだけの場合もあります。
でも、僕自身の18年間を見ていると、ここで一度止まります。
もし知識不足だけが問題なら、知識が増えた後はどうなるんだろう。
一つ知った。
役に立った。
また知った。
それも使った。
それでもまた、別の答えを見る。
だったら、毎回、
「まだ知らないからだ」
で説明していいんでしょうか。
■■■ 知らないことを学ぶのと、次の答えを探すのは同じ? ■■■
ここも最近、分けて考えています。
必要な知識がない。
だから学ぶ。
これは分かります。
今までできなかったことをできるようにしたい。
だから方法を学ぶ。
これも分かります。
でも、すでに一つ答えを持っている。
それが役に立っている。
それでも、
「もっと自分に合う説明があるんじゃないか」
と別のものを見る。
この動きまで、同じ「勉強」でまとめていいのか。
そこは少し違う気がしています。
もちろん、新しく学んだものが前より役立つこともあります。
だから次を見ることが悪いわけではありません。
ただ、僕が知りたいのは、良い悪いではなく、
なぜその時、次が必要になったのか。
ということです。
■■■ 心理学を学んだ。その後にも続きがあった ■■■
僕にとって、今はこれが一番事実に近い言い方です。
心理学を学んだ。
コミュニケーションについても学んだ。
役に立ったものもあった。
だから、学んだことを否定する必要はない。
でも、
それで「自分について知ること」が全部終わったわけでもなかった。
だからといって、
「心理学では自分を理解できない」
と結論づけるつもりもありません。
そこまで言える材料はありません。
僕が今見ているのは、もっと単純なことです。
知識が足りなかったから、次を探した。
本当にそれだけだったのか。
18年間を並べると、どうもそれだけでは説明しにくい。
そんなところまで来ています。
次は、心理学から少し横に広げて、
コミュニケーションを学んだ後にも、なぜまた別の答えを見ていたのか。
そこを見てみます。
僕が18年間で何を学び、その後に何を見ていたのかは、別で最初から順番に並べています。
▶ 心理学を学んだ「その後」まで、18年間を順番に見る
K
自分のことを知りたくて、いろいろ学びました。
心理学も、コミュニケーションも。
役に立ったものもあります。
それなのに、気づくとまた
「自分って何なんだろう?」
と考えていました。
18年間を並べたら、少し変なことに気づきました。
▶ 18年間の謎解きを、最初から読む
心理学も、コミュニケーションも。
役に立ったものもあります。
それなのに、気づくとまた
「自分って何なんだろう?」
と考えていました。
18年間を並べたら、少し変なことに気づきました。
▶ 18年間の謎解きを、最初から読む