心の中に温かな物語を

心の中に温かな物語を

生き辛さは成長の機会。思いやりの心と自分の本質を大切に。

私は小さい頃、周りとうまくやっていけなかったのが理由で、感情を抑圧し、煩わしい人間関係を放棄して生きる選択をしました。
感情を抑圧すると自分が嫌いになり、状況はどんどん悪化を辿りました。
今の自分に出ている症状は、抑圧してきた自分の無意識の自己表現なのだと思います。
長い間消そうとしてきましたが、症状だけ消そうとしてはいけないのだと思います。
大事なのは、症状の奥に隠れている本当の思い。
こんな私の体験でも、誰かのお役に立てるかもしれないと思い、書くことにしました。
これは、問題から逃げ続けることで、どんどん身動きが取れなくなってしまった私が、当事者目線で書いている実況ブログです。

最近、1週間の合宿セミナーに参加してきました。

 

私にとってそれは思い切った決断でした。

コミュ障な私は、今まで、リアルセミナーどころかZOOMでさえ恐怖でした。

セミナーそのものも習得できるか心配なのはもちろん、同期の受講生、スタッフ、先生と、様々な場面での挨拶や、座る席、雑談、本音での話など、コミュニケーションが恐怖な自分には試練の連続でした。

一つ試練を切り抜けてもまた次の試練が襲ってきました。

そのたびに達成感と落胆を味わいました。

 

今回、失態を演じてもいいから、「みんなを敵」と思うことで、ちっぽけなプライドを守るようなことだけはしないと心に決めました。

 

 

今回の合宿セミナーは、私にとって「どうしても学びたい」「今しかない」というものでした。

 

欲すれば吸収する。

空腹になれば吸収力が増す。

ひとかけらも無駄にするものかと体も必死になる。

知識に飢えれば学問も吸収力が増す。

 

一方、「〜になりたい」と思うと「〜でない自分」を強く意識するから、〜になれないとも聞きます。

私がそうでした。

しかしこれも、本気度と具体的行動力の問題のようです。

レベルの問題(ある意味そうですが)かと思っていましたが、結局は本気度の問題でした。

要するに、とことん追い詰められてはいなかった。

「〜になりたい」といくら思っても、行動できないと「〜でない自分」をより強く意識するようになる。

〜にならなくても、今とりあえず生きることができている。ちっぽけなプライドを守りながら・・・

そういうぬるま湯が、変われない土壌を作っていた。

今までと同じ場所は、変わらなくても生きていける場所。

 

〜にならないと、これ以上は無理、どうにもならない、という状況でないと、少しづつ悪くなるばかり。

必死の心になるようなことに挑戦しない限り、〜にはなれない。

変わらない、変わらなくても生きていけるというぬるま湯的状況は、嫌な状況を避け続けることで自ら作ったものです。

そこでは、現状維持でもとりあえず大変なことにはならない。

そうやって現状維持することにしがみついてきました。

 

しかし、やりたいのにできなかったことに挑戦すれば、状況は変わらざるを得ません。

今までのままでいると、とても困ることになるからです。

必死に考え必死に行動しなければならなくなる。

なりふりかまってはいられなくなる。

 

 

今回、自ら頼んで仲間に入れてもらうという行動を、初めてしました。

人から見れば、「なんだ、そうなことぐらい」ですが、私にとってそれは、葛藤の末の思い切った行動でした。

しかし、その素晴らしい方達は歓迎してくれて、なんと私の席を空けてくれていました。

とても感動しました。

 

そしてその中で、自分のどこを変えればいいのかを、知ることができました。

1週間の合宿は、その素晴らしかったセミナー内容だけではなく、私の人生においてとても濃い体験となりました。