北京に4年間いて、印象的だった出来事はやっぱり「北京オリンピック」でしょう。
オリンピックを現場で体験できたというのは本当にいい経験になりました。

正直なところ、北京オリンピックが開幕するまでは、たいして興味がありませんでした。

それが、実際始まってみると、すっかりこの非日常的な国際イベントにはまってしまいました。世界中から選手や人々が集まってくるし、もちろんメディアも集まり、北京に世界の注目が集まるし、2週間ずっと長い祭りが続いていたような感じでした。そして、日本選手の活躍には想像以上に感動しました。


帰国してからも、北京オリンピック出場選手がちょくちょくテレビに出演しているのを見かけます。ソフトボールの上野選手が出演しているテレビを観て、「北京で観戦したなあ~、あれは感動したな~」などと余韻にひたっています。




そんな余韻にひたりつつ、購入したのがこの本「オリンピックの秘密」。

オリンピックはなぜ4年に1回なのか?、なぜ中国でのオリンピック開催が決まったのか?、なぜ体操の技には選手の名前がついているのか?、などオリンピックにまつわる100の謎とその回答が書かれています。


一番印象的だったのが日本人として初めてオリンピック(ストックホルム大会1912年)に参加したマラソンの金栗四三の話。


日本人が始めて参加したオリンピックは1912年のストックホルム大会で、選手はマラソンの金栗四三と短距離の三島弥彦の2名だけでした。ストックホルムはスウェーデンの首都であり、当時移動に18日間もかかったそうです。


金栗四三は当時世界記録保持者であり、期待されていましたが、移動の疲れなどもあり途中で日射病で倒れてしまいました。そのまま民家で介抱されたのですが、レース現場では「選手が行方不明になった」と騒然となり、「消えた日本人」として有名になったようです。


その55年後、1967年のことです。ストックホルム市が「消えた日本人」金栗四三を招待します。レース途中で行方不明になった金栗氏は、棄権扱いになっていなかったため、「ぜひ55年ぶりにゴールしてもらおう」とストックホルム市が粋な計らいをしてくれたのです。


76歳になっていた金栗は10メートル前から走ってゴール。記録は54年8ヶ月6日5時間37分23秒3と、世界一遅いマラソン記録です。


その後の金栗氏のスピーチが印象的です。

「長い道中でした。途中で孫が5人もできました。」



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