お彼岸が明けました。
私の募金行脚も、いったん終了です。
今日は午前中にお彼岸のお経、午後からは会議でした。

会議の後、いつもは混むはずの帰り道はすいていて、思っていたより早く帰宅できました。
せっかく時間をいただいたので、今日は今まで2日に分けてまわってきた2コース全てを行脚することにしました。
かなり長いコースになりましたが、町の皆さんへ1週間の御礼のつもりでまわりました。

『募金集めに来てくれてありがとう。お疲れ様』と、今日も町の皆さんは温かく迎えてくれました。

でも、今日は花屋さんを通り過ぎてもお孫さんは出て来てくれません。

『塾かなんかで忙しいのかな』と思いましたが、花屋のお孫さんはいつものように追いかけてきてくれました。

『今日もありがとうございます』とニコニコ

お彼岸が今日で明けるので、おばあさんに頼んで明日から10日間のお小遣い前借りしてくれたそうです。

また、あるおばあさんは毎回追いかけてきてくださっていたらしいのですが、私に追いつけなかったのと呼んでも私が太鼓の音で気づかなかったらしく、『今日会えなかったら困ったわ』と、うれしそうに募金してくださいました。

和菓子屋さんは自発的に募金箱を作り、私が配った募金行脚の案内書を貼ってくれていました。

たった1週間の行脚でしたが、町の皆さんは確実に『いま自分ができること』を実行してくれています。

1週間募金行脚して感じたこと…

それは、みんなが噂や誤報に惑わされていること。

知りたいことが知らされていないことです。

安心感を得たいために必要以上に買い占めや買いだめしてしまう…

原因は…

報道が信用できない。国に騙されているのではないかと毎日心配なようでした。

ある方は『犠牲者の供養について』

慰霊祭やお経をあげに被災地の僧侶が動いていてくれること、被災地以外でも全国で供養していることを伝えると、涙ぐみながら『テレビでは教えてくれないから、ずっとツラくて泣いていました。全くお経をあげてもらえないのかと心配してました』と、少し安心してくれたようです。

またある方は、『せっかく募金しても何に使われているのか被災者の方に物資が渡りきるのか』と、募金先への不安感があるようです。

当たり前なことですが、私は今後もただ募金を集めるのではなく、支援の内容を情報として発信しながら募金しようと決めました。




募金行脚をしていると、『頑張ってね』という町の皆さんの声にうれしく思います。


今日は片道120km運転して、愛知県の海沿いまでお経に行ってきました。

夕方岐阜に帰り、今日も募金行脚です。

裸足に雪駄で歩くのが私の行脚スタイル。

雪駄の鼻緒が足の甲にすれて、毎日血まみれで帰ってきます。

痛いのもありますが、あまり人に見せたくないのと昼間のお経で各家の座布団を汚しなくなくて、不格好ながら足には絆創膏をベタベタ…。

そんな私に楽しみが出来ました。

お花屋さんのお孫さんが私を追いかけてきて、毎日100円募金してくれるのです。

どうやら、1日100円の自分のお小遣いを持って走ってきてくれているようです。

いつも決まって『いつもありがとうございます』と言ってくれます。

募金をいただいているのは私の方です。

その言葉は私のセリフ。

まだ低学年の女の子は、おばちゃんの後ろに隠れてしまいます。

照れながら、精一杯に言葉にしてくれているのでしょう。

女の子の今日の募金は200円でした。

私の行脚は明日の彼岸明けとともにいったん終了することを言ってあるので、お小遣いを前借りしたそうです。

『無理はしなくていいんだよ』と言った私に、女の子は『いつもありがとうございます』と、おばちゃんの後ろから顔だけ出して決まった言葉を返してくれました。





昼間のお経にまわって、夕方に帰ってすぐ募金行脚の生活は3日目になりました。

少し疲れを感じ、しかもあいにくの雨雨

行脚のときに頭にかぶる天台傘が雨に濡れないようにと、母がビニール袋を加工してカバーを作ってくれました。

母の部屋の前を通ったときに聞こえたミシンの音。

町指定の透明なゴミ袋が、デッカいシャワーキャップに生まれ変わりました。

恥ずかしい反面、無言の助けがうれしかったです。

いつまでも、私は子供なんだと実感しました。


雨の中、街灯は点いたり消えたり…

もともと夜は暗い町並みはさらに暗く感じました。

『あんたは偽物のお坊様かい?』
と聞かれたほど、真っ暗な町を歩く私の姿はうさんくさかったようです。

でも、デッカいシャワーキャップのおかげで雨の行脚も悪くないと思いました。

明日は彦根市までお経に行き、地元に戻って募金行脚するつもりです。

大変ですが、明日も歩くのが楽しみです。