ときどき太陽を覆う雲が流れている、神戸西地方です。
今日は風があります。こんにちは。
ぼくは小さいころお経を聞くと、笑い転げるんです。
京都のおばあちゃんちで、盆の読経を聞くと、いつもゲラゲラと笑い転げてしまうんです。
初めは、神妙に座ってますが、始まると口を両手で押さえ、その手の間からブハってツバキとともに噴き出します。おばあちゃんに怒られつつも、絶対笑ってしまう。妹もいとこもつられて笑う。ついでにおばさんたちも噴き出しそうになる。そういうお盆の読経でした。
でも、お坊様は怒ったりしません。
元気がいいですね。笑いたいときに笑うのがいいんですよ、っておっしゃってくれます。
ぜんぜん人間的なのです。
戒律など気にせんで、ご先祖様が喜ぶだろうことをしなさいって言われました。
そんな感じで育ってきて、改めてお経をみると、うまいこと書いてある。
それらしく書いてある。
こころに残るところもあるのですが、ほとんどが笑えるような内容です。
物語ですからそりゃそうです。
美しいお経もあれば、怖いお経もあれば、そりゃ楽しそうなお経もあります。
きっとなんとなく面白かったのでしょうね、当時は。
でも、今ではお経には、あんまり意味は無いと思うようになりました。
昔はお坊さんに、いわば寺に権力が集中した時代には必要な文言だったんだと思います。
いまでは宗教的な儀式としてのお経です。
それよりも自分自身で故人やご先祖様に感謝することのほうが重要に思います。
なんだかそういうふうに思えるのです。
たしかに最低限の死者にたいする供養は必要だろうと思います。
あとは日々の感謝の方が、気持ちが届くのではないかと思うのです。
なので、ぼくは毎朝、神様へのおまつりとご先祖様への感謝供養をしています。
それから、一日が始まります。
そうしていると、なんとなく一日がうまく過ぎるように思います。
感謝をできる人が、感謝を受けれる器をもち、愛することができる人が、愛される器を持っているように思います。
与えることのできるものだけが、与えられるのだと思います。
きょうのPS
ぼちぼち夏ものをしまおうかと思います。
それにしてもまだまだ暑いです。
きのうの日中も暑くて、焼けました。
納骨のときに陰ないから、バンバン日差しを浴びてしまいました。
乾燥した気候ですから、水分調整はしてくださいね。
ではでは。