人生の節目は…、でもただの一過にすぎないよね。 | じゅんさんのひとこと

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こちらは過去記事になりました

今日はぼくにとって節目の日です。
また今日から人生スタート。

ということで、人はいろんな節目があります。
生まれたとき、
学校へ上がったとき、
恋人が初めてできたとき、
結婚したとき、
親愛なる人を失ったとき、
子供が生まれたとき、
巣立ってい行くとき、
そして
死を迎えるとき。

それに加えて、人生の岐路になったできごとも、振り返ると節目になったということもあります。

でも、これもあれも、みな途中経過です。
その時点での吉凶や正否、幸不幸を判断することはできません。

だから、成功も失敗もその時のその状況の基準点においてのことです。

ぼくは、成功も失敗も人生にはないと思っています。
その時々で判断はしますが、人生におけるものは無いです。

節目であってもそれは経過の中の基準点で、時間は平等に流れていきます。

今まさにしんどいこともいっぱいあります。
逆にうれしいこともいっぱいあります。
いつも幸福だと思っています。
ああ、失敗したなっておもうこともあります。

こういうことが生きているという実感に繋がります。
ビジネスで成功しても失敗しても、生きているという実感に繋がるだけです。
落ち込んだり、あがったりするのだって、結局生きていることの実感です。

うまれて、そして、生きて、そして、死を迎える。
ただそれだけの人生のなかで、日々が行事であり節目かもしれません。



基本は生きたいようにしか生きられないということ。
でも、良心を傷つけてまで生きようとはしないこと。
もし、良心を傷つけながら生きているなら、何かに囚われていると思うこと。


さあ、きょうはぼくにとっての人生の節目、ちち、ははがそしてご先祖様がいたからこそ、存在できていることに感謝をする日です。

日々感謝を忘れているわけではないですよ。とくに、とくにという意味で。


最後まで読んでいただいてありがとうございます。
きょうは独り言でした。



きょうのPS
ソフトバンクの孫CEOさんの誕生日も今日なんです。
尊敬している経営者の一人です。
3年先輩です。
必ず掴んでやるという姿勢は、好きです。
でも、ぼくはビジネスで掴もうとはしていません。
何かっていうのは、誰にも言ってないことなので、いいません。

もしつかめたら、どこかで
獲ったど―ーと叫んでいるかもしれません。

ではでは。