17世紀の日本国外輸出
日本国外への醤油の輸出は1647年にオランダ東インド会社によって開始された。
最初東アジアへ、18世紀には欧州へ輸出された。
伝承によればルイ14世の宮廷料理でも使われたという。
フランスでの日本産醤油に関する記述は、『百科全書』(1765年)に現れる。
当時の記録によると腐敗防止のために、醤油を一旦沸騰させて陶器に詰めて歴青で密封したという。
用いられたビンは「コンプラ瓶」と呼ばれた陶器の瓶であり、多数が現存する。
濃口醤油・淡口醤油の登場
江戸時代初期までは、日本の醤油の主流は色の濃いたまり醤油であり、
主な産地は上記の湯浅に代表される近畿と讃岐(引田、小豆島)であった。
しかし、たまり醤油は生産量が需要に追いつかなかった。
1640年代頃、寛永年間、巨大な人口を抱えて醤油の一大消費地となっていた
江戸近辺において、風味が優れているものの製造工程が改良された
「こいくち醤油」が考案された。
江戸は、材料となる行徳の塩、関東平野の穀物生産地、
それを運ぶための水運など立地が恵まれており、
特に下総国の野田が醤油生産地として大きく発展し、今日に至る。
しょうゆ
日本国外への醤油の輸出は1647年にオランダ東インド会社によって開始された。
最初東アジアへ、18世紀には欧州へ輸出された。
伝承によればルイ14世の宮廷料理でも使われたという。
フランスでの日本産醤油に関する記述は、『百科全書』(1765年)に現れる。
当時の記録によると腐敗防止のために、醤油を一旦沸騰させて陶器に詰めて歴青で密封したという。
用いられたビンは「コンプラ瓶」と呼ばれた陶器の瓶であり、多数が現存する。
濃口醤油・淡口醤油の登場
江戸時代初期までは、日本の醤油の主流は色の濃いたまり醤油であり、
主な産地は上記の湯浅に代表される近畿と讃岐(引田、小豆島)であった。
しかし、たまり醤油は生産量が需要に追いつかなかった。
1640年代頃、寛永年間、巨大な人口を抱えて醤油の一大消費地となっていた
江戸近辺において、風味が優れているものの製造工程が改良された
「こいくち醤油」が考案された。
江戸は、材料となる行徳の塩、関東平野の穀物生産地、
それを運ぶための水運など立地が恵まれており、
特に下総国の野田が醤油生産地として大きく発展し、今日に至る。
しょうゆ