10月、池袋の映画館で開催された「地球へ···」のイベントに参加した。

 それなりに面白かったが、年月が経ったのだなあと実感せざるを得なかった。 


 最初にTVで映画のCMを見たのは小学生の頃。

再放送を見て、裕福な友達が本を買ったのを借りて読み、そこから作者のファンになった。 

 何の疑問も持たずにいたが、年をとってから見てみたら、「何故彼らが地球を目指すのか」が分からなくなっていた。 

故郷だから?

 環境を壊してしまい、回復を待っていたから? 


 コンピュータが絶対正しいとか、自然がどうとか、 

母親だとか、記憶の大切さだとか、 

まあ大切なんでしょうけども、それも何故なのかなと。

 説明不要なことだから、理由がないのかもしれないけど。 


 終わりの方の原作者の対談の中で、アニメイトに新刊本の特設コーナーがあると聞いた。

 行ってみたが、階数や場所が不明で、

店員に聞いても「誰ですか?もう一度名前を」と原作者や作品の名前を知らなかったのは、静かな驚き。 

竹宮惠子氏は、藤子不二雄、石ノ森章太郎、松本零士のような、

歴史に残るような大御所だと思っていた。 

いま漫画の学科のある大学で、教授をされている。

確かに作品は昔のだけど、今のように沢山でている時代ではない。

漫画やアニメ専門の世界で仕事をする人なら、知らないのは不勉強、といっても過言ではないと思う。 

店員はアルバイトでもなさそうだったし。


 結局、特設コーナーは2階の新刊本を集めている場所にあった。

 色々思わされた一日だった。



カフェで食事が置かれたとき、4センチはあろうかという、長いつけ爪にびっくり。

一人だけ名札は無く、紅茶に砂糖もついていなかった。

どんな指導をしているのだろう。

指導したら辞めてしまうからだろうか。

客側はこんな不衛生な店を支持できないのだが。


移民でなければ、ニホンゴワカラナイ〜で済まさないだろうから、まだ改善の見込はある。

きちんと指導するのが世の中全てのためになる。

責任者は役目を果たしてほしい。


近所のコンビニ2軒。

片方は、外国人が日本語で同僚に仕事を教えていた。

2人は国籍が違うようだった。


もう1軒は、品出しをパ行の目立つ発音の外国語で同僚と話しながらしていた。


小さなことだけど。

戦時中、外国語しか喋れない人を危険分子として憲兵が斬っていた話を小さい頃にきき、

恐ろしいと思った。

でも今はこういうことだったのかと察しが付く。

日本語でやましいことなく喋るほうが良い。


学生時代、横浜元町。

音楽系の名前がついた2階の喫茶店に入ったら、

店主も客も中国語で、ヤのつく自由業の雰囲気だった。

場違いだと咄嗟に感じ、

二度と入らなかった。

今はもうその店はない。


上記2軒目のコンビニは、もう行かないと思う。