自称被害者にはアニオタが多い。

自称被害者に限らず、若い世代の絵文字も似たような物。

両社に共通している事は、コミュニケーションに難がある。


いや、本人は難があるとは思っていないかもしれない。


私も自分でHPを書いたり、ブログを書いたりしなければ気が付かなかったかもしれない。


頭の中で理解している事を言葉にする事は難しい。

イメージを文字にする事の難しさ。

感覚として理解している事を文字にする事や、それを理解し易い様に伝える事の難しさ。


自分だけが分かる文章ではなく、人に伝えられる文章、それは言葉でも同じ事で、文章に出来なければ言葉にもならない。


逆に、感覚やイメージを文章化出来ると、混沌とした感覚が体系化され、自分でも理解しやすくなってくる。

自分でも理解しやすくなると言う事は、感覚として理解していたつもりでも理解していなかったと言う事でもある。


職人だった頃に実感した事がある。

教えられるよりも、教える事の方が学べる。

感覚として理解している事を、人に伝える事で自分の中での理解が深まり、伝えようとする事で何倍も自分の中の理解が深まる。


最初の頃は、伝わらないもどかしさにイライラしていた事もあった。


しかしこれ、よく考えてみると、子供と同じだ。

自分の感情や思いや希望が上手く伝えられなくて、感情的になったりかんしゃくを起こしたり。

一生懸命言っても伝わらなくて・・・


今思えば、言葉にする能力が備わっていなかっただけ。

自分の気持ちを整理して、自分感情や要望を相手に伝わるように変換する能力が無かっただけだと思う。


こうした事を踏まえて、自称被害者に目を向けてみる。

今まで多くの自称被害者に接して来たが、まず大きな特徴に「いきなり本題」と言う傾向がある。

相談電話をかけてくる時、大半の人が「もしもし」すらない。

「~さんですか」も無い。

いきなり「盗聴器が仕掛けられているんです」とか、第一声が「ストーカーに狙われている」と話し出す。

電話に出るなり「思考盗撮機に詳しいですか?」と切り出されても返答に困る。


その話の内容に「5W1H」は無く、時系列も前後して混沌とした話を延々と始める。


行動もその電話のパターンと同じ様な行動を取る。

私の事務所は普段シャッターが閉まっているのだが、アポも無くいきなり事務所にやってくる人、勝手にシャッターを開けて家の中に入ってくる人までいる。


その行動は、電話で「もしもし」とか「~さんですか」もなく、いきなり本題に入るのと同じだ。

逆に、相談や指導を続けて回復してくると、言葉に「5W1H」が入り始め行動も変わる。


言葉と行動がシンクロしている。

そして、言語化能力が備わると思考が変わって来る。




出版社の依頼で著書を書いた時、図解は却下、全て文章で・・・

そこで分った事がある。

図解を文章化すると、ページ数が倍以上必要になる。

その反面、自称被害者は長文を読むと疲れてしまう人が多い。


そんな人でも、映像を見せると理解しやすくなる。

そうした人はアニメや漫画好きが多い。


こうした事から一つの仮説を立てている。

コミュニケーション能力が低い人とは、イメージや感情や要求を言葉に変えて人に伝えたり理解する能力に欠けている人。


絵などのイメージで伝える事は出来ても言語化する事が苦手な人ではないのだろうか?

心の中の不満や欲求を言葉に出来ず、イメージとしての絵として表現しているのではないだろうか?


例えば絵文字。

絵文字で感情を伝えるのは伝わりやすいが、それを言語化できなければ会話で伝える事は難しく、それは伝わらないと言う事でもある。


それを絵文字で伝えていれば、言語化能力は何時までも備わらない。






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