これはソバに関すること。

 

椎名町の二股交番(新青梅街道)のすぐ近くに、"翁"という日本ソバ屋がある。ソバはウドン粉に限る、と記したが、ソバ粉のソバ屋で、たった一軒、例外として好きな店である。

(中略)

 "翁"のせいろは350円である。いわゆる名店の値段よりずっと安く、平凡な街のソバ屋と同じである。安いのがえらい、などとといういいかたは客の手前勝手で、私にはこの倍でも至当のような気がするが、それが店主の姿勢なのであう。店構えは小さいが、妙に上品ぶらないところも、牛込のあの店ににている。

 私はこの店では、せいろ一本鎗である。変りソバもうまいはずだし、種物もよかろうが、一枚のせいろを大事に喰べる。塩分をケアしているから昔の江戸っ子のように、ほとんどつゆにつけない。しかしここのつゆは適当に濃く、ソバそのものがいいから気にならない。

(中略)ちょうど時分はずれで他には客は居ない。

 一枚のせいろを喰べていると、眼の前で主人がもう一人前のソバを大釜の中に落としている。他の客はいないし、出前の気配もない。なんだろう、と思った。いかにも私のお代わりに備えているようである。

 そうでなくても欲しいのに、こう手順をよくされてはこらえようがない。お代り、といった。はい、といって主人が茹であがったばかりのソバを烈しく水で洗って出してくれた。

 二枚目を喰べていると、なんということか。主人がまた、生ソバの箱から一人前を取り出して湯の中へ落としている。他の客はないし、出前の気配もない。なんだろう、と思った。いかにも私のお代りに備えているようである。

 そうでなくても欲しいのに、こう手順をよくされてはこらえようがない。お代り、といってーた。はい、といって主人が茹であがったばかりのソバを烈しく水で洗って出してくれた。

 

 おつにすましているのではない、しかも本格的なソバを出してくれる店はありがたいと思います。

 最近は、普通の町のゾバ屋か、高級ソバ屋のどちらかになってしまったように感じます。

 前者は、牛丼屋やカレーショップ、ラーメン屋に押されて、旗色が悪いようです。たしかにソバ一杯では昼食の腹にはちょっとたりない。かといって天丼やカツ丼をつけると今度は量が多い上に値段的にも馬鹿にならない、ということで、使いづらい存在になっているように感じられます。

 高級店の方は3すすり分くらいが分くらいがせいろに乗っていて結構な値段を請求するシステムで、当然気楽に入れる店ではない。

 ソバの味を気楽に楽しめる店がなくなりました。

 引用したお店のような素晴らしい店が以前はあったのですね。行ってみたいなと感じます。

 ところで、引用した個所の後がどうなるのか、は、ぜひ本書をお読みになってください。

 光文社文庫、集英社文庫から出ていたようです。古本屋で探してください。古本屋巡りもまたいいものです。ついてにソバで一杯なんて最高だと思います。