戦前敦賀の町は外国への窓口となっていた町です

 

ここから船でウラジオストクへ出てそこからシベリア鉄道に乗ると

 

約17日でパリにでることができたのです

 

というえらく悠長に響きますが

 

船便しかない時代に在っては インド洋経由で西に向かうしかなく

 

40日もかかったことを考えると画期的でした

 

当時はシベリア鉄道の運行に合わせて 新橋発の敦賀行があったようです

 

人だけでなく物資輸送も盛んだったのでしょうね

 

壮大な煉瓦の建物が残されていました