やはり 大黒柱だった | …転じて福となす

やはり 大黒柱だった



わたしの 父は


昨年 九月に


末期の胃がんで 亡くなった


享年 73歳 




初孫の 顔を


初めて 見せることができたのは


余命数ヶ月と 宣告された 病室でのことだった




母は 既に 被害妄想 気味であったが


父の 入院で


その度合いが 一気に


加速したため




実家に 子連れで泊まり


病室の父を 見舞いに 通えたのは


最初の二週間だけ となった




と いうのは、


いったん 私が 自宅に 戻るやいなや


怒り狂った母から


「 持ち去った 私の Gパン 返せ 」


と 一日に 何十回も


電話が かかる




更には、 その 被害妄想 たるや


泥棒に入られたと 通報し


警察を 呼ぶ事 数回に 及んだため




こうして 


父の 他界を 機に


実家には 二度と 寄り付けぬ


身と なった




拠り所を 失ってみて


思う





何も しないようで いて 





父が 確かに 


一家の大黒柱で あったと