さあ、いよいよ出発だ。
全員がバスに乗り込む。
乗りこむ前も、乗りこんでからもチエは不安げな顔をしていた。
無理もない。生まれて初めて、家族以外の人との二泊三日の外出だ。
母親や父親のように甘えることもできない。
彼女の不安は想像できない程だろう。
そう思いながらも、レク係がバスの中でゲームをやったり歌を歌ったりして一生懸命盛り上げていた。
バスの一番後ろではタツジが仕切って花札をやっていた。
花札は禁止だが、どうせやめないだろうと思い、静かにしていてくれればいいかと見て見ぬふりをしていた。情けない・・
突然レク係が、「チエちゃん歌ってよ」と強引にチエにマイクを渡した。
「え~次は、クラスで一番、いや学年で一番歌がうまいチエに歌って貰います。
歌うのは、金八先生の主題歌で~~す」
突然、指名され、あっけにとられていたチエが、「いや、いや、いや・・・」と必死になって拒否をした。
マイクを隣の友人に渡そうしたが、受け取って貰えず、泣きそうな顔になった。
無理もない。初めての校外学習で、緊張しているのに、突然みんなの前で歌わされるなんて、本人には地獄にように感じたかもしれない。
チエは、本当に歌が上手で、1年生の時も、合唱コンクールではソプラノのリーダーを務めていた。
彼女の美声は学年でも有名だった。
しかし、一人で、それもバスの中で歌った経験はない。
泣きそうな顔をしていたチエにノブコが「みなさん・・・こら、タッチャン花札やめて。今から私が司会をするから聞いてよ。」
タツジは、クラスの女の子の言う事は信じられない程素直に聞く。
「みんなもチエちゃんの美声は知っていると思います。
せっかくの才能をぜひ、ここで披露してもらいたいと思いますが、反対の人はいますか~~?」
「賛成の人」は、と聞かず「反対の人」はと尋ねたところがノブコの上手なところだった。
勿論だれも手を挙げなかった。
周りから促され、クラス全員からの拍手に導かれチエが立ちあがった。
そして、顔を真っ赤にしたチエの「歌声」が私の心にある変化を与えてくれた。
チエにとっても、最高の思い出を作る幕が上がった。